律法主義とキリストの恵みの間で揺れる時 | 中庸ではなく福音に立つ
クリスチャンを悩ませるもの キリストの恵みと律法主義はいつでもクリスチャンを悩ませるものです。それは間違って恵みを理解すると「神様は愛だし、究極、何でも許してくれるじゃん」と神様の恵みを逆手にとるようになるからです。かと…
キリスト教信仰
クリスチャンを悩ませるもの キリストの恵みと律法主義はいつでもクリスチャンを悩ませるものです。それは間違って恵みを理解すると「神様は愛だし、究極、何でも許してくれるじゃん」と神様の恵みを逆手にとるようになるからです。かと…
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あっさり斬首刑 昨日に続き、バプテスマのヨハネの不可解な点の二つ目に続けます。それは、彼が獄中であっさり斬首刑で殺されてしまう点です。イエス様はバプテスマのヨハネを「女の産んだ者の中で、バプテスマのヨハネより大きい人物は…
キリスト教信仰
非常に特別な人物 新約聖書を見ると、バプテスマのヨハネは非常に特別な人物であることがわかります。まず彼がイザヤ書で出現が預言されていた人物であるということです。バプテスマのヨハネこそが荒野で呼ばわる者の声でした。また旧約…
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一つを選択したら一つは捨てる 僕はこれまで神様が良かれと思ってしてくださっていたことを良かれと思っていないことがありました。たとえば、時間は不可逆的なもので一つを選択したら一つは捨てなければなりません。具体例をあげます。…
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主の御心を教えてください クリスチャン生活を送る中で困難だと感じていることがあります。それは、いかにして自分を聖書の言葉に従わせるか?とうことです。言い換えれば、いかにして神様の御心に自分を従わせるか?神様の導きに従わせ…
キリスト教信仰
「やる気」というものに欠如 僕は「主が僕の中にいてくださっている」と強く感じることがよくあります。たとえば、僕は粗野で不機嫌で性格が悪いですが、人に対して寛容を示したり優しい言葉や行動をすることが出来た時に、主がしてくだ…
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御言の宣言の力 最近、御言の宣言の力を体験しています。自分自身、環境、状況に変化があったことが何度かありました。これまではそんなことあり得なかったのにと思いめぐらせていると、いつかのデボーションのノートにそのことが書かれ…
キリスト教信仰
初めの愛から離れてしまった 今年に入ってから主との関係が急速に回復してきているように思います。これまでもずっと回復を目指して歩んできましたが、数年単位で時間がかかっていました。僕が回復されなければいけないと思っている理由…
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目的と手段を切り分ける 今年は、目的と手段を切り分けることの重要性をより一層実感しています。なぜなら、これまで僕はどちらかと言えば手段を目的にしていたからです。例えば、今僕が筋トレをするのは「健康」のためです。しかし、以…
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もっとこうしたほうがいい 僕は時々、嫁さんに「もっとこうしたほうがいい」と思ってしまうことがあります。しかし、それを口に出して言うことはしません。なぜなら、それは僕の肉の思いだと知っているからです。それを言ったりするのは…
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心の中で罪を犯してしまう者 昨日、僕は社会不適合者であり、家庭不適合者である理由を書きました。それは、社会や家庭において心の中で罪を犯してしまう者だからです。仮に口には出さなくても、僕は心の中で罪を犯しそうになったり、罪…
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家庭不適合者 僕は社会不適合者であり、家庭不適合者であることを自覚しています。そう思うのは自分の心の中の変化を嫌というほど見ておいるからです。だからこそイエス様が必要だと思っています。 しかし、教会や職場においてはそうい…
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最短の方法 先日、SNSでこのような投稿を見ました。この投稿をされた「らんぶるさん」は欧米系SaaSに関してメルマガやレポートを発行されており非常に有益で面白い記事を書かれています。 コッカラSaaS たった一日で人生を…
キリスト教信仰
自己弁護しているかがわからない 昨日の自己否定に続けます。人間は誰でも自己否定を嫌います。誰でも自分が大切なものです。それは人間の自然な反応であり自分を守るための正しい反応です。だから、人間は自然と自己弁護します。無意識…
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そこに肉はあるんか 道を歩いている時にこのような名称の飲食店を見かけました。それは「そこに肉はあるんか」というものでした。しばらくしてからわかったのですが、これは何か流行のパロディーのようです。「そこに愛はあるんか」のよ…
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悲しみのあまり死ぬほど 先日、聖書を読んでいて心に迫る御言がありました。それはこの御言です。 マタイによる福音書 26:38 そのとき、彼らに言われた、「わたしは悲しみのあまり死ぬほどである。ここに待っていて、わたしと一…
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イタイおじさん 僕は自分がこのような人間であることを知っています。それは人を裁き、差別し、人を赦さず、人を妬み嫉み、不平不満を周りに言うような人間であるということです。少しでも油断すれば僕の心にはそういったことが溢れてく…
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主に栄光を返す 以前も書いた記憶がありますが、だいぶ昔にこのようなことをX(旧Twitter)で見たことがあります。ちなみに、僕にとってX界隈のクリスチャンコミュニティーは百害あって一利なしだったので、今は全くやっていま…
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自分のほうに引き戻していく 昨日は「主に明け渡す」過程が救われる過程と全く同じであることを書きました。僕は救われた時、確かに明け渡すことを知っていました。「主がいなければ私は生きることはできない」や「主こそが私の幸いであ…
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明け渡す過程 昨日はどのような過程を経て主に明け渡すことを学び、今も学び続けていることを書きました。明け渡す過程で僕が経験したのは下記のようなものでした。実はこの過程は信仰に入る時と同じ心の変化だと気づきます。 抵抗(い…