1483_機械学習における最適化問題と信仰生活は同じ

高校数学を一から

ここ数か月は高校数学を一からやりなおしています。40手前のいいおっさんが今更ながら高校生の参考書を買ってきて因数分解などをしているのです。またNHKの高校講座の数学も非常に勉強しやすくてためになっています。

数学をやり直す中で、多くの学びを得ることができています。特に学びになった項目をシェアしたいと思います。

最適化問題

最近のAIの振る舞いを見ていると本当に知性があるように思えますが、実際の中身はただの関数であることがわかります。何かの入力が箱(関数)の中に入ってそれが何か変換されて出力されます。AIにおける機械学習とは、この出力の予測値と実測値を小さくすることと言えます。これは最適化問題と言われています。

たとえばAIが様々な要因を考慮して、来月の売上は100万と予測します。実際の売上が99万円だったら予測は高かったと言えるでしょう。誤差は1万円だけだったからです。しかし、もし30万円だったら、予測値との誤差が70万もあります。機械学習とはこの差をひたすら小さくするということになります。

最適化問題

そこで登場するのが高校の時に学んだ二次関数や微分です。添付画像のとおり定番の二次関数は凹の形をしています。このグラフでXを最も小さい値から徐々に大きくしていくとあることがわかります。

  1. 左から見るとXの値が一番小さい時にYの値も高くなっています。
  2. そして、徐々にXの値を右に見ていくとYの値が下がっていきます。
  3. そしてそのまま右方向に見ていくとXの値が大きくなるにしたがって再度Yの値が大きくなっているのがわかります。

機械学習においては予測値と実測値の値が最も小さくなる値を求めますが、それが上記における②の場所になります。つまりXの値を大きくしすぎてもいけないし、小さすぎてもいけないのです。この絶妙な調整を微分を使って一瞬の傾きを計算するようです。

過ぎたるは猶及ばざるが如し

僕はこれを学習した時にある言葉を思い出しました。それは「中庸」です。過ぎたるは猶及ばざるが如しと言いますが、大きすぎてもだめ、小さすぎてもだめということがこの世界には多くあります。

僕はこの二次関数のX軸にこれを当てはめてみました。「恵みによる信仰」と「律法主義による信仰」です。また「新約聖書」と「旧約聖書」でのいいと思います。いずれも両方大事です。しかし、実際の信仰生活を送る上で、上記二つのバランスを取るのは容易なことではありません。

最適化問題を解決してくれるのは

つまり、クリスチャン生活とは最適化問題で微分と同じだと思うのです。十字架による恵みと律法主義の間の誤差が最小になる値を求め続けることになります。わかりやすい変数には毎日聖書で新旧をバランスよく読んでいるか?牧師先生が説教で語られる内容はバランスが取れているか?自身の信仰姿勢は律法主義過ぎないか?恵みに甘えすぎていないか?などがあります。

そしてこの最適化問題を解決してくれるのは聖霊です。聖霊こそが信仰生活のバランスを絶妙に導いてくれます。

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