いかにして問題を解くか
ジョージ・ポリアという数学者が書いた「いかにして問題を解くか」という本があります。僕自身は本は読んだことはありません。しかし、数学を学ぶ中でこの本に書かれている言葉が自身の信仰にも活かせると感じました。今日はそのことについて書こうと思います。
まず、問題を解く前にいくつかの問いを考える必要があります。それには下記のようなものがあります。もちろんこれだけでなく、他にも色々あります。
- 求めるものはなにか?
- 与えられているものは何か?
二つの問い
たとえば、算数の「はじき」で考えてみます。
- 求めるものは何か?速さ
- 与えられてるものは何か?時間、距離
そうすると、距離を時間で割れば速さが出るとなります。これで問題が解けたというわけです。こう考えると、小学生レベルでなんでもないように思えます。しかし、より複雑な数学の問題になってくると何をどう求めていいのかわからなくなることがよくます。そこで、この問いに立ち返って頭の中を整理することができるのです。
この世にあっては悩みがある
僕はこれを信仰に置き換えました。信仰生活には問題はつきものです。それはイエス様がおっしゃったようにクリスチャンであれ、「この世にあっては悩みがある」ものだからです。ではそういった問題に対してどのように向き合えばいいでしょうか?
- 求めるものはなにか?
- 与えられているものは何か?
一つ目の問いは明白です。エレミヤ書にもあるとおり、主を求めるのです。新約聖書においてザアカイ、バルテマイ、長血の女たちがイエス様を求めたようにイエス様を求めるのです。
二つ目の問いも明白です。与えられているものはイエス様の十字架の血潮による罪の赦しです。この贖いはすべての人類に与えられているものです。また聖霊も豊かに与えられています。
イエス様が与えてくださっている
信仰生活を歩む上で問題が起こることは避けられません。もしかしたらその時に慌てたり、狼狽したり、混乱してしまうかもしれません。しかし、やるべきことは多くありません。人間にできるのは、ゆるされているのは主を求めることです。そして、主は「私を求めなさい」とおっしゃったように求めることを喜んでくださるのです。そして、そのために必要なものはすべてイエス様が十字架によって人類に与えてくださっています。
だから、今は恵みの時代なのだと言えると思います。もし、困難にぶち当たったらまずこの問いを自分に投げようと思います。
- 求めるものはなにか?
- 与えられているものは何か?