1866_奉仕で油注がれている時の自分は本当の自分じゃない | 本当の姿は平日に現れる
人の前に立つ奉仕 人の前に立つ奉仕をする中で気づいたことがあります。それは奉仕をしている時の自分が本当の姿ではないということです。たとえば、賛美の司会とかCSや小グループでの説教などをする場合、非常に恵まれることがありま…
キリスト教信仰
人の前に立つ奉仕 人の前に立つ奉仕をする中で気づいたことがあります。それは奉仕をしている時の自分が本当の姿ではないということです。たとえば、賛美の司会とかCSや小グループでの説教などをする場合、非常に恵まれることがありま…
キリスト教信仰
人を裁くな 聖書では明確に人を裁くなと教えられています。 マタイによる福音書 7:2 あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。 しかし、キリスト教内で…
キリスト教信仰
狭い門 クリスチャンの人生に幸いなことなどありません。もちろん前提があります。それは肉においては幸いなことはないということです。クリスチャンはキリストのような者という意味ですが、福音書を読めばキリストのように生きることが…
キリスト教信仰
レオマワールド 先日家族で香川県に行きました。目的はうどんでも温泉でもなく「アンパンマン電車」です。子供が数年ずっとアンパン電車に乗りたいと懇願するので、香川県に行こうとなりました。ですので、岡山からアンパンマン電車に乗…
キリスト教信仰
あるべき姿 聖書の言葉にこのような言葉があるのか知りませんが、キリスト教会にはこのような言葉があります。 「栄光は主のもの、恥は我がもの」 僕はこの言葉を聞くと、バプテスマのヨハネの言葉を思いだします。それはこれです。 …
キリスト教信仰
キリスト教信仰の醍醐味 自分のこれまでの信仰生活を振り返って、僕は教会に毎週行くだけでは現状維持すらできなかったと思っています。なぜなら、おそろしいことにキリストとの親密な関係がなくても教会に行くことはできるからです。ま…
キリスト教信仰
ヤコブの手紙 先日ヤコブの手紙を読みました。ヤコブの手紙は僕にとって強烈な指圧棒で霊的なツボをゴリゴリ押される書物です。つまり、読んでいて痛いと感じるのです。なぜなら、僕は典型的な行動を伴わないに口だけのタイプのクリスチ…
キリスト教信仰
自分の祈りについて 昨日は主観ではありますが、実体験から福音派とペンテコステ派の違いの一側面について定量的に書いてみました。僕はペンテコステ派の教会で救われたので信仰の起源はペンテコステ体験にあります。聖霊のバプテスマと…
キリスト教信仰
定量化してみた 福音派もペンテコステ派も聖書を大切にしています。いずれも同じくらい大切にしていると思います。しかし、ペンテコステ派は祈りにも重点をおいています。これはこのような理解になると思っています。 たとえば、単純に…
キリスト教信仰
人に関心があるか? 昨日は「今自分の信仰はどのような状態にあるのか?」を確認するための「自分は今何にひかれているのか?」と自問することで自分の宝が何なのかが明らかになると書きました。今日は別の指標について書こうと思います…
キリスト教信仰
人は時に揺れるもの 僕はいくつかの個人的な理由によりペンテコステ派である母教会から福音派の教会に行くようになりました。そこにネガティブな理由は少しもありません。僕は今もなお母教会を自分の本当の家族のように愛していますし、…
キリスト教信仰
自分が戒められる 最近、デボーションの中で教えられていることがあります。それは、自分が戒められるべきことを聖霊によって示されて、それを言語化し祈りの中で助けを求めることこそが、聖められてく過程であるということです。 僕は…
キリスト教信仰
不信仰な内容 先日は極めて不信仰な内容を書いてしまいました。それは礼拝に関する奉仕は肉体が疲れていても霊は恵まれるが会議や事務的な奉仕は霊が恵まれないと書いたからです。その際に、これは僕の信仰の態度が問題であるということ…
キリスト教信仰
肉が葛藤 クリスチャン生活を送っていて思うことがあります。それは当たり前のことですが、宣言するのは簡単ですが行うのは難しいということです。何にもない時に日々の祈りや賛美の中で「あなたにすべてをお捧げします」と心を込めて宣…
キリスト教信仰
狭い門 昨日は律法主義から解放されたことを前提として、恵みに留まり続けるためにはあらゆる努力をするということを書きました。なぜ、そこまで鼻息荒くこういったことを書くのでしょうか。それは恵みに与ることは簡単ですが、留まり続…
キリスト教信仰
クリスチャンを悩ませるもの キリストの恵みと律法主義はいつでもクリスチャンを悩ませるものです。それは間違って恵みを理解すると「神様は愛だし、究極、何でも許してくれるじゃん」と神様の恵みを逆手にとるようになるからです。かと…
キリスト教信仰
あっさり斬首刑 昨日に続き、バプテスマのヨハネの不可解な点の二つ目に続けます。それは、彼が獄中であっさり斬首刑で殺されてしまう点です。イエス様はバプテスマのヨハネを「女の産んだ者の中で、バプテスマのヨハネより大きい人物は…
キリスト教信仰
非常に特別な人物 新約聖書を見ると、バプテスマのヨハネは非常に特別な人物であることがわかります。まず彼がイザヤ書で出現が預言されていた人物であるということです。バプテスマのヨハネこそが荒野で呼ばわる者の声でした。また旧約…
キリスト教信仰
一つを選択したら一つは捨てる 僕はこれまで神様が良かれと思ってしてくださっていたことを良かれと思っていないことがありました。たとえば、時間は不可逆的なもので一つを選択したら一つは捨てなければなりません。具体例をあげます。…
キリスト教信仰
御言の宣言の力 最近、御言の宣言の力を体験しています。自分自身、環境、状況に変化があったことが何度かありました。これまではそんなことあり得なかったのにと思いめぐらせていると、いつかのデボーションのノートにそのことが書かれ…