1482_イエスに怒られる体験が信仰の質を正す | 困った時だけの神頼みを超える
神と共に生きること もしかしたら、ある人は信仰生活を「困った時の神頼み」と思っているかもしれません。もちろんそれは間違いではありません。しかし、それは信仰生活の一面にすぎません。信仰生活とは、たとえ困っていなくても神と共…
キリスト教信仰
神と共に生きること もしかしたら、ある人は信仰生活を「困った時の神頼み」と思っているかもしれません。もちろんそれは間違いではありません。しかし、それは信仰生活の一面にすぎません。信仰生活とは、たとえ困っていなくても神と共…
キリスト教信仰
不真実さに絶望 最近は自身のイエス様に対する不真実さに絶望を感じています。一方、イエス様はいつも真実なお方です。そして迫りくるほどの愛で愛してくださいます。このギャップが非常につらいです。イエス様が真実を表してくださって…
キリスト教信仰
レーナ・マリアさん 先日、教会の子どもたちを引率してレーナ・マリアさんのコンサートに行きました。このコンサートがあると聞いた時、とても懐かしい気持ちになりました。なぜなら、僕がまだ中学生くらい?の時に母がレーナ・マリアさ…
キリスト教信仰
惜しみなく捧げた 昨日はサムエル記上からハンナの「犠牲」について書きました。彼女は不妊症に悩む女性でした。その彼女に子どもが与えられるということは何にも勝る喜びだったでしょう。しかし、彼女の喜びは子どもが与えられたことだ…
キリスト教信仰
一つの行為から神の御手を動かした 通読ではサムエル記に入りました。サムエル記上の一章は僕が大好きな聖書箇所の一つです。そこにはほとんど信仰生活で必要なすべてエッセンスが凝縮されているかのようです。不妊症であったハンナは苦…
キリスト教信仰
祈っているのに敗走 昨日に引き続き士師記の最後の物語について書きます。 1474_士師記の衝撃の結末② その後の結末はこのとおりです。イスラエルの11部族がベニヤミン族に対して戦争をしかけます。ここで理解に苦しむことがあ…
キリスト教信仰
その者を知る 昨日に引き続き士師記の最後の物語について書きます。 1473_士師記の衝撃の結末① レビ人たちは晴れて宿を見つけ飲食を楽しんでるのもつかのま招かざる客がきます。なんとその街の悪い人たちが押しかけてきて「その…
キリスト教信仰
士師記の最後 今朝、通読の士師記を読み終わりました。士師記の最後(19章~21章)は旧約聖書の中でも非常に衝撃的で暗いエピソードが書かれています。士師記といいつつもこれまでのように特定の士師が出てくるわけではありません。…
キリスト教信仰
いかにして問題を解くか ジョージ・ポリアという数学者が書いた「いかにして問題を解くか」という本があります。僕自身は本は読んだことはありません。しかし、数学を学ぶ中でこの本に書かれている言葉が自身の信仰にも活かせると感じま…
キリスト教信仰
御言を守るということ 今日書くことはクリスチャンの中でも意見がきっぱり二つに分かれることだと思います。それはきよめに関してです。ここで僕は「●●してはいけない」という外部からの強制曲でのきよめを書きたいわけではありません…
キリスト教信仰
サムソンという人物 最近は通読で士師記を読んでいます。今朝はサムソンの記述を読みました。サムソンの名前は現在においてもあらゆるところで見られます。たとえば、キャリーケースでSAMSONITEという海外メーカーがありますが…
キリスト教信仰
これ俺じゃね!? 最近は通読で士師記を読んでいます。まだ序盤の数章しか読んでいませんが多くの学びを得られています。出エジプト以降、モーセ、ヨシュアと偉大なリーダーが続きましたが、それ以降は比較的小粒(僕がそう思っているだ…
キリスト教信仰
平日の可処分時間 このブログのサブタイトルは「聖書の言で人生を巡航速度まで上げ続ける。イエス・キリストと歩む逓増する豊かな心の人生。」としています。このようにサブタイトルを掲げているのは、僕自身が今それをできていないから…
キリスト教信仰
朝の黄金の時間 今月のはじめから資格試験に追い込まれた結果、強制的に朝型の習慣が身につき、結果的にこれまで信仰生活上の課題であった朝の黄金の時間を主にお捧げするということができるようになってきたと書きました。 1446_…
キリスト教信仰
心がけていること 今日はCSの説教をする上で心がけていることを書こうと思います。一つ目は講義をしないように気を付けています。その理由としては聖書の御言は知識ではなくて霊的なものだからです。確かに教師には聖書箇所や解説など…
キリスト教信仰
初めて教えられた 聖書を読んでいて不思議に思うことがあります。それは何度も読んでいるにもかかわらず「初めて教えられた」ということが少なくないからです。去年も同じ箇所を読んでいるのに、去年は何も思わなかった箇所に今年は教え…
キリスト教信仰
アイでの戦いにリベンジ 昨日に引き続き通読しているヨシュア記から書きたいと思います。本日読んだ箇所では前回敗走したアイでの戦いにリベンジします。ヨシュアは神が共におられて勝利できると確信するだけではなく、祈りによって神か…
キリスト教信仰
主は真実な心を求めておられる 先日のブログで主は嘘偽りのない真実な心を求めておられ、礼拝ではその心が大切だと書きました。 1452_福音派の教会は古典的な聖歌で賛美し、ペンテコステ派はワーシップソングで賛美する そのこと…
キリスト教信仰
人生の転換点におけるピーク クリスチャン信仰とは救われた時がピークで救われた以降は下降線をたどっていくというようなものではありません。もちろん、救われた時のあの歓喜の原体験は何にも代えられないものです。しかし、それは決し…
キリスト教信仰
おなかがいたくなるよ 先日こどもとお風呂に入っていた時に考えたことがありました。それはこんなことがあったからです。子供はよく湯船のお湯を飲みたがります。小さなカップに入れて飲む真似をする分にはいいのですが、時々、わざと本…