1545_原語確認を取り入れた聖書通読の実践手順 | AIで意味理解を深める読み方
聖書通読にAI利用 先日はAIの技術に複雑な気持ちをもってはいますが、キャッチアップを進めていると書きました。使うシーンの大半は仕事における利活用になりますが一部プライベートでも使っています。特に聖書を読んでいる際に、時…
キリスト教信仰
聖書通読にAI利用 先日はAIの技術に複雑な気持ちをもってはいますが、キャッチアップを進めていると書きました。使うシーンの大半は仕事における利活用になりますが一部プライベートでも使っています。特に聖書を読んでいる際に、時…
キリスト教信仰
信仰者として 昨日に続きます。僕はえらそうにも「大切なのは主が共にいてくださる事実ではなくて、あなたが主と共に痛いたいと願っているのか?」と主張してきました。しかし、今僕は主と共にいたくないと思ってしまっているのです。も…
キリスト教信仰
主の恵みからもれる 最近自分はイエス様の恵みの中からもれてしまっていたと思わされています。その原因は果たして自分の信仰の態度が間違っていたのか?それとも間違ってはいないがそういうところを通るものなのか?そのあたりはわかり…
キリスト教信仰
緊張状態 ここ一か月ずっと緊張状態におかれていました。緊張状態に置かれているとあらゆる面で普段よりもパフォーマンスが上がります。それは霊的な側面においても、日常の様々な側面においても、良い影響をもたらします。それは常在戦…
キリスト教信仰
主への賛美 最近は聖書の詩編を読んでいます。今の自分の状況においては詩編を読むのが適切と考えたからです。いつもですと当然ながら1篇から読み進めます。しかし、今回はそれだと習慣的に読み進めてしまい、気づきをスルーしたり、大…
キリスト教信仰
人は根本的には変わらない 最近思うことがあります。それは人は「根本的には変わらない」ということです。人が変われる範囲はあくまでも表面的なテクニック的なところやマインドくらいであり、個性、資質、その人がもっている本質的な特…
キリスト教信仰
主がいなければとんでもない人間 何度もこのブログで書いていますが、僕は自他ともに認める社会不適合者です。今仕事ができているのはイエス様のおかげです。そして、主の采配のもと奇跡的に適材適所に置かれて、実際的にはチームで動い…
キリスト教信仰
ジャストフィット 先日、在宅勤務で子どもをリビングで遊ばせながら仕事をしていました。家には僕と子どもしかいません。すると、子どもほうから「鼻が痛い!」という声が聞こえてきました。子どものところに行って鼻を見ると右耳に何か…
キリスト教信仰
目に見えるところは非常に厳しい つくづく客観的に見て自分は変わっているし、振れ切っているなぁと思うことがあります。特に人とのかかわりの中で自分が示す反応が人と違うなと思うことがあります。 今、我が家はかつてないほどの試練…
キリスト教信仰
Webアプリケーション 今日は細々と作っていたWebアプリケーションのベータ版が完成したので公開したいと思います。これはただ単に僕がほしいと思っていたアプリケーションです。僕は聖書の聖句を暗唱することを信仰生活の基礎にお…
キリスト教信仰
可処分時間に関して 僕はこのブログで与えられている可処分時間は有意義に使いたいということを書いてきました。具体的に書けばだらだらテレビは見ない、スマホは必要な時以外触らない、SNSは情報収集以外では触らない、などを実行し…
キリスト教信仰
イザヤ54章 今日は最近励まされた御言を紹介しようと思います。この御言を音読する時に魂は平安にあり、主への喜びで満ち溢れます。 「このことはわたしにはノアの時のようだ。 わたしはノアの洪水を、 再び地にあふれさせないと誓…
キリスト教信仰
明け渡していなかったもの 昨日は「変わること」と「きよめ」と関係のことを書きました。さらに、きよめとは「主に明け渡す」という行為から始まるということも書きました。僕が明け渡していなかったものがあります。それは信仰生活です…
キリスト教信仰
都合のいいもの 今日も人が変わることに関して続けます。僕はずっと変わりたいと思っていました。そして主にあって変わりたいとも思っていました。しかし、自身の内面を見ると、実は都合のいい願望であることもわかってきました。僕が変…
キリスト教信仰
変えられ続ける このブログではキリストにあって変えられ続けることを信じて自身の信仰生活の試行錯誤を書いてきました。人が変わる前提として書いてきたことは、人は主によって自覚させられない限り自身が変わらないといけないというこ…
キリスト教信仰
忘れがたいほどの幸いな時期 僕が39年生きてきた中で決して忘れることができない重要な期間が2つあります。一つは浪人していた時期、もう一つは会社を辞めて中国に行っていた期間です。忘れることができないのは決してつらかったから…
キリスト教信仰
とりなしの祈り 最近はとりなしの祈りに関して学ばされています。どこの教会にも週報などに祈祷課題というものが記載されています。またそれだけでなくより個人的な内容に関して祈る課題のリストがあったりします。もちろん、それだけで…
キリスト教信仰
それぞれが主を見上げる時 クリスチャンの夫婦として歩んでいて素晴らしいと思うことがあります。それは夫婦が主にあって一つになるということです。当たり前ですが僕は結婚する以前はそれがどういったものなのか、全く想像がつきません…
キリスト教信仰
一言に弱いといっても 僕は自分が弱いから主が必要だと思っています。しかし、一言に弱いといっても様々なものが含まれます。たとえば、心が弱る、魂が弱る、罪に弱い、誘惑に弱いなどあります。僕はこれまで、どちらかと言えば後者に関…
キリスト教信仰
主が訪問したい 昨日は教会が終わって夕方からあるCSの子どもの家に夫婦で訪問に行きました。それは祈る中で「主が訪問したい」と思っておられると心に強く感じたからです。その子はしばらく教会に来れていませんでした。日曜日の朝、…