1362_キリストのど真ん中に立っているか?
神様の前に誇ることがないため 昨日は神様がこの世で軽んじられている者や無きに等しい者をあえて選んでくださった大きな恵みについて書きました。しかし、昨日書いた御言には続きがあります。 それは、どんな人間でも、神のみまえに誇…
神様の前に誇ることがないため 昨日は神様がこの世で軽んじられている者や無きに等しい者をあえて選んでくださった大きな恵みについて書きました。しかし、昨日書いた御言には続きがあります。 それは、どんな人間でも、神のみまえに誇…
この世界は不平等 これは僕の理解不足や認識違いかもしれませんが僕はこの世界をこのように捉えています。それはこの世界は平等ではないということです。生まれ持った環境に大きく左右されます。また不都合な真実として当然生まれ持った…
関係が希薄になる理由 「イエス様との深い交わりのある日々を送りたい。」と願うのであれば、祈りの場所と時間を日常生活の中で確保することが最優先されると思います。時間も場所も確保しないで「神様が本当にいるのかどうかわからない…
異言は当たり前という環境 昨日は異言の祈りについて少し書きました。今日も続けます。僕はペンテコステ派の教会で救われたので異言は当たり前という環境で育ちました。自身が小さかった頃は何も思わなかったのですが、理性が発達してく…
福音派の教会における異言の解釈 今日はキリスト教会では比較的センシティブな話題である異言について語ろうと思います。このブログでは何度も書いているとおり、僕のバックグラウンドはプロテスタントのペンテコステ派にあり、現在は福…
放蕩息子の例話 イエス様は新約聖書で多くの例話をされています。たとえ話といっても、日本の寓話のように教訓がわかりやすいものばかりではありません。正直あるものは難解で、あるものは理解しやすいです。理解しやすい例話の中に放蕩…
苦難をどう対処するか 人生には大なり小なり苦難はつきものです。だからこそ、苦難にどう対処するかはすべての人にとって重要なことだと思います。ある人は無責任にも「神は乗り越えられる試練や苦難しかお与えにならない」と言いますが…
10代の頃 最近、年を取るとともに罪深くなったなぁと思うようになりました。自分が10代の頃にイエス様を信じた時は全く感じることがなかったようなので戸惑いすら感じます。 その理由として考えられるのは、今は当時持っていなかっ…
主に教えられていること ここ数か月、主に教えられていることがありあす。それは「すべて恵み」ということです。僕は愚か者なので教会の奉仕ややることが多くなってくると律法主義に陥ってしまいます。準備を十分にしないといけない、祈…
自分がどういった存在であるのかを簡単に忘れてしまう この御言はいつも僕を正しい位置に戻してくれます。 いったい、あなたを偉くしているのは、だれなのか。あなたの持っているもので、もらっていないものがあるか。もしもらっている…
信じることによって与えられるもの 好きな御言にこのようなものがあります。これはイエス様の十字架の赦しがどういったもので、何をもたらすのかが明確に書かれています。 心はすすがれて良心のとがめを去り、からだは清い水で洗われ、…
肉を疲れさせてでも霊を恵ませるほうに価値をおく もしかしたら、一部のクリスチャンの方にとって、土日は決して肉において休息を得られる日ではないかもしれません。それは多くの場合、週末には様々な奉仕が入っているからです。特にク…
嫁さんの機嫌を損ねない 安定した家庭生活の秘訣について最近思うことがありました。その秘訣とは、家庭においては嫁さんの機嫌を損ねないようにすればある程度うまくいくというものです。もしかしたら、世の中の家庭の旦那さんももれな…
無教会主義はあり得ない キリスト教の考えの中には無教会主義と言われるものがありますが、個人的にはあり得ない考え方だと思っています。もしかしたら、ある人は「個人的に聖書の教えを自身の生活に適用したいだけだから教会はいらない…
自分はできていると思う 人間はどうも「自分ではできていると思う」というバイアスがかかりやすい生き物のようです。聖書を見れば律法学者やパリサイ人などはまさにそうでした。全く天の父の心を知らず実行もしていないのに、自分たちは…
教会の奉仕で失敗 先日、教会の奉仕で失敗してしまいました。教会で開催された外部子供向けのイベントで司会を任されていたのですが、そこで100%の力を出し切れなかったのです。だいたい毎回冒頭にPPTのアニメーションで作った渾…
クリスチャンになれば 誤解を恐れずに言えば、クリスチャンになれば、いつも心に平安があって幸せで楽しい日々が待っているというわけではありません。クリスチャンになっても、いや、なったからこその悩み、苦悩、苦しみがあることがあ…
一人で祈り続けて祈りぬいた時 このブログでは何度でも書いていますが、僕はペンテコステ派の教会で救われましたが今は福音派の教会に行っています。いくつかの事情が重なって福音派の教会に行くようになりました。当時、教会を変えるこ…
すべて神の霊感を受けて書かれたもの 聖書の御言はすべて神の霊感によって書かれたものだと書かれています。 聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である。 テモテへの第…
部屋が汚くなる 自分の調子が悪くなってくると必ずそれが目に見えるところに現れてきます。僕の場合は、まず部屋が汚くなってしまいます。別に足の踏み場がなくなるほど散らかるということはないのですが、全体的に整理整頓されなくなっ…