1732_混じりけのない愛を問い直した出来事 | メモリアルリングが示す絆
メモリアルリング 先日、嫁さんがメモリアルリングを作りに行きました。メモリアルリングはお骨リングとも呼ばれています。これは故人やペットの遺骨や遺髪などを指輪の内部に納めて身につけることができるものです。次男が天に召されて…
キリスト教信仰
メモリアルリング 先日、嫁さんがメモリアルリングを作りに行きました。メモリアルリングはお骨リングとも呼ばれています。これは故人やペットの遺骨や遺髪などを指輪の内部に納めて身につけることができるものです。次男が天に召されて…
キリスト教信仰
宗教上の理由ではない 昨日は忘年会のあと歩いて帰ったという話を書きました。久しぶりに周りが泥酔したり吐いたり寝たりするのを見て僕はやっぱり飲まない選択をしてよかったと思いました。もちろん、人それぞれなので飲もうが飲まない…
キリスト教信仰
心が折れた時 先日、別に大したことではないのに、大変ショックに感じる出来事がありました。僕の心は自分が思っている以上に折れてしまって、ほとんど粉々に砕けたようにすら感じたのです。その時に僕がとっさにしたことはうつぶせにな…
キリスト教信仰
求める者に必ず報いてくださる 主は求める者に必ず報いてくださるお方であることを確信しています。そういうのは決してポジショントークではなくて、聖書にそのように書いてあるからです。 哀歌 3:25 主はおのれを待ち望む者と、…
キリスト教信仰
夜に祈れるか? 昨日は仕事を終えて帰宅したあとは家で祈ることが難しいと感じていると書きました。それにはいくつか理由があります。まず、夜は疲れ切っているので判断力も理性の力も落ちます。さらに多少なりとも心に負の感情などが蓄…
キリスト教信仰
通勤途中に祈れる場所 頭の片隅にずっとあるアイディアがあります。それは通勤途中に祈れる場所があったらいいなという考えです。もちろん、ビジネス目線で考えておらず自身があったらいいなという願望にすぎません。なぜそう思うかとい…
キリスト教信仰
自然と祈れる 最近少しずつ、ようやく自然と祈れるようになってきました。自然と祈るというのは、日常生活のふとした時に祈る選択ができるということです。僕の霊的な状態が不調であった時は、たとえ時間があっても、祈ることができなか…
キリスト教信仰
洗礼を受けた 先日、嫁さんとこんな話をしていました。それはこのような話です。ある洗礼を受けたクリスチャンの友人が「洗礼を受けたから救われた。だから教会にも別に行かなくてもいい」というそうなのです。嫁さんは聖書の下記箇所を…
キリスト教信仰
御言を味わう 僕が17歳くらいで自発的に聖書を読み始めた頃はまだ黙想する、御言を味わう、咀嚼するということが一体どういうことなのかわかっていませんでした。それがわかるようになったはこのようなプロセスを経てからでした。 ま…
キリスト教信仰
見破れているつもりで騙されてしまっている 昨日は、地面師詐欺について書きました。地面師詐欺集団が地主の「なりすまし」を用意するように、聖書に書かれているとおり、サタンや悪魔も天使になりますまします。また、地面師詐欺集団が…
キリスト教信仰
嘆願、依頼、お願いばかりの祈り 祈りの神殿が回復されつつある中で、自分の祈りが変わったように思います。以前はそればかりではよくないと思いつつも、嘆願、依頼、お願いばかりの祈りになっていました。祈りの範囲も自分、限られた範…
キリスト教信仰
祈りの神殿 最近、自分の中で崩れきっていた祈りの神殿が再び建て上げられつつあります。僕は愚か者なのでこれまで神殿を建て上げては崩れてを何度も繰り返してきました。直近では2022年にも同じようなことを書いていました。 05…
キリスト教信仰
主の心を知りたい 人生の節目において、自分がどう進めばいいかわからない時、たとえば、就職や転職や結婚など、そのような時クリスチャンは「主の御心を知りたい」と願うものです。この決断が人生を大きく左右するとわかっているからこ…
キリスト教信仰
豊かな心の人生とは? このブログでは「聖書の言で人生を巡航速度まで上げ続ける。イエス・キリストと歩む逓増する豊かな心の人生。」を掲げています。これが僕が毎日言語化し、ブログを書き、祈りに関して試行錯誤し、暗唱聖句をし、何…
キリスト教信仰
アファメーション みなさんは「アファメーション」という言葉を知っていますでしょうか?これは自己啓発には欠かせないテクニックで、自分自身に肯定的な言葉を繰り返し唱え潜在意識に働きかけることで、自己肯定感や目標達成を促す方法…
キリスト教信仰
Xでのポスト 先日、X(旧Twitter)でフォローしているキリスト教関係のアカウントがこのような御言をポストしていました。 “Don’t worry about anything; instead, pra…
キリスト教信仰
思いを馳せる中で 先日ブログで「なぜ、祈りたくないのか?」という自問に対する答えとして、「永遠のふるさとへの望みはある。永遠のいのちへの望みはある。しかし、今年の出来事を思うにこれからの地上における自分の人生には希望を見…
キリスト教信仰
なぜ、祈りたくないのか? 昨日は「今は主に祈りたくないと思っていた」というタイトルでブログを書きました。祈りたくはないが信仰生活は送りたい。だから、自分の理性や力で頑張ろうというのは本質的なところで誤っており、遅かれ早か…
キリスト教信仰
霊的にスランプ 昨日はよい意思決定をするためには長期視点が大切だと書きました。またクリスチャンはさらに永遠という視点が必要になるとも書きました。そして、永遠の視点で物事を見るには、自身の力と理性の限界を認めた降参、そこか…
キリスト教信仰
神は霊 昨日は日本のキリスト教会はスピリチュアルに振れ切ったほうがいいと書きました。キリスト教会におけるスピリチュアルという言葉の印象はネガティブな場合が多いと思うのですが、ここで書くスピリチュアルとは「祈りによって霊性…