バックミラーもサイドミラーもない車の比喩 | 同時に見られない原則
わかっちゃいるけどやめられない 昨日は車のフロントガラスに落ちてきた雨粒と遠方にあるビルを両方見ることはできないと書きました。それは信仰において、この世界と天のふるさとを同時に見ることができないことと同じと書きました。両…
キリスト教信仰
わかっちゃいるけどやめられない 昨日は車のフロントガラスに落ちてきた雨粒と遠方にあるビルを両方見ることはできないと書きました。それは信仰において、この世界と天のふるさとを同時に見ることができないことと同じと書きました。両…
キリスト教信仰
遠近両方を見ることはできない 先日車を路肩に停車して遠方に立ち並ぶビルをぼんやりと眺めていました。すると雨がぽつぽつと降ってきて、フロントガラスに雨粒が落ちてくるのが見えました。その時に当たり前のことを思いました。それは…
キリスト教信仰
赤ちゃんが生まれた 今日は以前からブログで話をしていた赤ちゃんが生まれました。14日の深夜2時頃に嫁さんが出血があるというので車で病院に行く事になりました。お医者さんと決めた帝王切開の予定日は9月12日であり、数週間前に…
キリスト教信仰
数時間は生きられるかもしれない 先日、おなかの中にいる赤ちゃんは生まれても生きられる可能性は限りなく低く、助産師よりいよいよお葬式の準備も進めるようにと言われたと書きました。赤ちゃん用の棺桶を手配し、骨壺も買いました。僕…
キリスト教信仰
一人で海外に行ってみたらいい ここ数年、多様性という言葉がよく使われるようになりました。実際に生活していても多様性を感じることがあります。ひと昔前までは日本には日本人とわずかな外国人しかいなかったですが、今では生活のあら…
キリスト教信仰
両極端に振れ切る 最近は「両極端に振れ切る」ということをよく考えています。80年前は戦争の時代で貧しい時代でした。以降、80年間は相対的に平和で繁栄の時代でした。歴史がこれまでも韻を踏んできていることを考えれば、この平和…
キリスト教信仰
聖なる者として歩ませてくださる恵み イエス様の十字架は人間の罪を赦してくださいます。またそれだけではなくこの地上において聖なる者として歩ませてくださる恵みに与らせてくださいます。しかし、この聖なる者という言葉に対しては信…
キリスト教信仰
主を知ることこそが信仰のはじまり 昨日は、赤ちゃんが死ぬ可能性が高いと言われている状況の中でも、主はいつでも癒すことができるお方であるということを書きました。なぜクリスチャンはそう思えるのでしょうか。それは主について知っ…
キリスト教信仰
何のために生きるのか? 多くの人は命が直線系と考えていると思います。死と同時に線がそこで終わってしまうのです。しかし、素直に自分の心や魂の声に耳を傾ければ、自分の命が終わるということほどの矛盾と違和感はないと思います。な…
キリスト教信仰
人の命は直線か円を描くのか? 人の命は直線か円を描くのか?いずれの認識をもっているかで生き方が変わると思います。直線系の人生とは生まれた瞬間から死ぬまで一直線になっており、死と同時に直線が終了するというものです。自身の財…
キリスト教信仰
超大型ブーメラン 僕は昨日、ソロモンが書いた箴言に対して「お前が言うな!」という感想を書きました。それは彼が誘惑する女性には気をつけろ!と書いていたにも関わらず、彼自身は多くの女性の誘惑に負けてしまい、偶像礼拝に加担する…
キリスト教信仰
ソロモンの箴言 最近は夫婦で箴言を通読しています。箴言は主にソロモンの知恵、教訓などが書かれていますが、処世術的なことも書かれています。つまり、信仰的なことだけにはとどまらない原理原則が記されているので、クリスチャンじゃ…
キリスト教信仰
サイクル この世界の原則の一つにサイクルがあります。人生の時間経過は直線ではないと思います。生を受けたと同時に突如として線が現れて死と同時に線が途切れるというようなものではないと思います。むしろ、四季がめぐるようにぐるぐ…
キリスト教信仰
「青年の信仰」で終わらない 連日、信仰の成長について書きました。僕が書いたのはクリスチャンホームの場合の信仰です。彼ら彼女らの場合は「幼子の信仰」から「青年の信仰」へと成長していきます。その中で大切なのはイエス様との個人…
キリスト教信仰
宗教生活 昨日は子どもは「幼子の信仰」から「青年の信仰」へと成長するということを書きました。そして、青年の信仰で必要とされるのは自由意志とも書きました。なぜなら、自分で選択するという体験をしないことには信仰は成長しないと…
キリスト教信仰
信じるということ 僕は小さい頃、自身がクリスチャンホームで育っていながらも「信じる」ということが実際どういうことなのかよくわからずにいました。それは、神様の存在が身近であり、目に見えないものを信じるのが当然の環境で育った…
キリスト教信仰
そう思っていると思っているだけ 自分がそう思っていると思っていても実際は全く思っていないということがあると思います。たとえば、僕は霊においてはひどく肉を嫌悪していると思っていますが、実際は実はそうではないということを知る…
キリスト教信仰
この世にあっては悩みがある クリスチャンとして、こんなことを書くと怒られそうですが、僕は時々今すぐにでも天国に行きたいと思うことがあります。その理由の一つとしては、この世にあっては悩みがあるからです。歳を取るにつれて自分…
キリスト教信仰
思っていませんでした 僕はこれまでずっと「主を愛して、いつも主と共に生きたい」とは思っていませんでした。むしろ主と共にも生きたいけど、自分の好きなようにも生きたいと思っていました。ある時は主と共に生きたいけど、ある時は生…
キリスト教信仰
霊的な戦い 最近、自身が常に霊的な戦いの中にいると思わされています。霊的な戦いといっても、別に「悪霊をうせよ!」とか「霊的な鎖から今すぐ解き放たれよ!」とかいうようなものではありません。 ただ、二つの声のどちらに聞き従う…