1582_超大型ブーメランの「お前が言うな!」

超大型ブーメラン

僕は昨日、ソロモンが書いた箴言に対して「お前が言うな!」という感想を書きました。それは彼が誘惑する女性には気をつけろ!と書いていたにも関わらず、彼自身は多くの女性の誘惑に負けてしまい、偶像礼拝に加担するでに至ったからです。そういう意味では「お前が言うな!」という感想は間違っていないかもしれません。

しかし、これは僕にとって超大型ブーメランです。なぜなら、もし僕のこれまでの人生がそのまま書物に書き記されるならば、間違いなく「お前が言うな!」という叱責を免れることはできないからです。

あなたがたの中で罪のない者

イエス様が姦淫の場で捕まえられた女性を前にしておっしゃった言葉はこれでした。

ヨハネによる福音書 8:7
彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」。

つまり、「お前が言うな!」という権利は誰一人にも与えられていません。唯一そう言う権利があるのはイエス様だけです。そう思った時に思いました。僕はクリスチャンになってから、このブログでもCSでも聖書に書かれていることで自分が教えられたことや学んだことを書いてきました。しかし、それとて神様からしたら「お前が書くな!」と思われるようなものであると思ったのです。

ただイエス様の十字架によって

しかし、主は必ずしも「お前には書く資格も言う資格もない」とおっしゃるわけではありません。これは一見、資格のないものを野放しにしているようにも思います。僕が教えられていることは、ただゆるされて書いたり言ったりしているということです。

それは言いかえれば、ただイエス様の十字架によって義とされているからという理由だけです。主は言う資格も書く資格もない者を赦してくださっているのです。

間違ったことを書く

もちろん、神様は僕を叱責されることもあります。むしろそのことのほうが多いかもしれません。なぜなら、神様の言葉、人を教え、戒め、正しくし、義に導くものだからです。僕が間違ったことを思ったり書いたりしたら、一瞬にして心の平安がなくなります。

これは必ずしも僕がいつも平安な心でこのブログを書いているというわけではありません。むしろ、勝手に書きたいことを書いていることもあります。そして、間違ったことを書くこともあります。しかし、主の憐れみによってゆるされているのだと思います。

と言いつつもその憐れみに甘えることなく、教え、戒め、正しくし、義に導いて頂けるよう求めていきたいです。

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