1608_神のなされることは皆その時にかなって美しい

赤ちゃんが生まれた

今日は以前からブログで話をしていた赤ちゃんが生まれました。14日の深夜2時頃に嫁さんが出血があるというので車で病院に行く事になりました。お医者さんと決めた帝王切開の予定日は9月12日であり、数週間前にも同じようなことがあったので、今回も同じように少し検査をして帰る事になると思っていました。

しかし、病院に到着して詳しく診てもらうと、本陣陣痛も始まっており帝王切開で出産ということになりました。

神様の介入

もともと、僕たち夫婦に帝王切開の予定はありませんでした。赤ちゃんは肺が低形成のため生まれてももって数分と言われていました。だから夫婦としては、赤ちゃんが生まれたいタイミング生まれてほしいので、通常分娩で考えていました。赤ちゃんが生まれたくないタイミングで予定日を決めたくなかったのです。

しかし、状況としては、逆子、かつへその緒が首に二重に巻き付いているという通常分娩には危険な状況でした。そんな時、お医者さんより2週間前に急遽MRIを撮りたいと連絡があり、お医者さんより帝王切開の提案がありました。僕たち夫婦はこれは神様が導いてくださっているのだろうと話してお医者さんの意見に従いました。

あなたが私と共におられる

そして、当日、赤ちゃんは本陣痛、つまり赤ちゃんが生まれたいタイミングで帝王切開で安全に生まれてくれました。僕は最悪な状況であっても確かに「神のなされることは皆その時にかなって美しい。」と思い、感謝が溢れました。また「たとえ、死の陰の谷を歩むとも、災いを恐れません。あなたが私と共におられるからです」という御言も思いました。

さらに、赤ちゃんは大きく3回「おぎゃあ」と鳴いてもくれました。その後、すぐに人工呼吸器がつけられNICUに運ばれていきました。

主の臨在

生きられて数分と言われている中、主が赤ちゃんを生かしてくださいました。嫁さんは帝王切開ですぐに赤ちゃんのもとに行けないため、僕だけが赤ちゃんのそばに行きました。僕ができることは祈ることと御言を語ることしかできません。僕は暗唱している御言を語りかけました。その中で詩篇23篇を語った時に赤ちゃんがはっきりと反応してくたのを見ました。

御言を聞くと、しんどそうに呼吸する中で大きく目を開いて僕のほうを見てくれていました。また、「イエス様、感謝します」という祈りに対しても赤ちゃんは大きく反応してくれました。苦しみの中にある我が子に対して僕にできることはこれだけでした。しかし、その中に主の臨在があったと確信しています。

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