1609_偶然の中に無理やり主の奇跡を見出そうとしているだけか?

家族で過ごす時間

NICUで赤ちゃんといると、お医者さんよりの提案で、嫁さんにも来てもらって抱っこする時が与えられることになりました。状況として、人工呼吸器をつけて血中酸素濃度が70%ほどだったのですが、次第に40%~50%と低下傾向になっていたからです。

嫁さんは出産してすぐに抱っこできなかったのですが、数時間後にようやく抱っこすることができました。その間、できる限りのことをしました。いっぱい話しかけて、いっぱい触れて、写真を撮ったり、足形手形をとったりしました。スタッフの方の配慮でおばあちゃん、おじいちゃんにもLINEのビデオ電話でつなげることもしてくださいました。

天のふるさとへ

そして、それから数時間後、いよいよ赤ちゃんの心拍が弱まっているという状況で、3人でお祈りの時をもちました。そして、赤ちゃんはお母さんに抱っこされて15日の午前0時ちょうどに赤ちゃんは天のふるさとへ帰っていきました。生まれてから18時間半も生きてくれました。

予定日より1か月早く生まれたのですが、体重は2500グラムありとてもしっかりしていました。かなり早い段階で羊水がなかったことにより、顔が圧迫されて変形したり、四肢が固まって生まれてくる可能性も言われていましたが、きれいな顔で手足も動く状態で生まれてきてくれました。

主がしてくださったこと

また不思議なこともわかりました。赤ちゃんのへその緒は通常50センチくらいなのですが、今回は90センチもあったようです。これは僕の想像ですが、主が首を絞めつけないように長くしてくださったのではないかと思っています。ある人は長かったから逆に巻き付いたんだというかもしれませんが、僕は主がしてくださったんだと思い感謝しています。

もともと、お医者さんより、次診察に来た時はおなかの中で死んでいるかもしれないから覚悟するようにと言われてずっと言われてきました。だから、この出産は主がしてくださったことだと確信しています。

主が共にいてくださること

もしかしたら、ある人は、「偶然の中に無理やり主の奇跡を見出そうとしているだけ」と思うかもしれません。しかし、それはただ単に見える形での主の現れて、感謝ですが重要ではありません。もっと重要なのは確かに死の陰の中であっても生きた主が共にいてくださっているという確信であり、体験です。これよりも大きな奇跡はないと思います。

そして、僕たちと共にいてくださる主は確かに赤ちゃんとも共にいてくれます。

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