1279_イエス様との親密さを回復していく過程で人生に回復されるもの

一つ一つ取り返していく

最近、主とともに生きて霊的に成長するということは、これまで闇の力に奪われていたものを一つ一つ取り返していく過程でもあるのではないか?と教えられています。それは、出エジプトしたイスラエルの民が戦いによって約束の地を獲得していく過程にも似ています。これまで奴隷としての身分で分捕られていたものを取り返していくということです。

具体的に何を取り返していくのでしょうか?取り返すべきものはすべて霊的なものです。例えば、救われる以前は全く持っていなかった御霊の実を取り返すことも含まれます。愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制です。

主との関係が親密になっていくことによって

確かに僕が救われる以前はこれらすべてを全く持っていませんでした。しかし、主に救われてから遅々としてですが、少しずつ回復してきているのではないかと思っています。ここで念のため取り返すと意味を定義しておきます。昨日も書いたように取り返したものを僕が所有するのではなくて、主との関係が親密になっていくことによって回復されていくというニュアンスです。

それは決して僕がそれらを手にして、所有して自分の人格が変えられて品性が良くなるというのではありません。もしそうなってしまったら、僕はきっとそれらを持っている自分を誇ってしまうことでしょう。だから取り返すということは主との親密さを取り返すと言い換えることもできます。

それらをすべて持っておられるのは

他に御霊の実以外にペテロのⅠに書かれている、徳、知識、節制、忍耐、兄弟愛なども取り返すかもしれません。何よりも信仰(神様に対する絶対的な信頼)を取り返すことも含まれます。

そして、それらをすべて持っておられるのはイエス様にほかなりません。なぜなら、イエス様は聖書にあるとおりすべてのよきものに満ちておられるお方だからです。

キリストにこそ、満ちみちているいっさいの神の徳が、かたちをとって宿っており、 そしてあなたがたは、キリストにあって、それに満たされているのである。
コロサイ人への手紙 2:9-10

めぐみにめぐみを加えられた

そして驚くことに救われた者たちはその満ち満ちているイエス様と共にいることができるのです。

わたしたちすべての者は、その満ち満ちているものの中から受けて、めぐみにめぐみを加えられた。 律法はモーセをとおして与えられ、めぐみとまこととは、イエス・キリストをとおしてきたのである。
ヨハネによる福音書 1:16-17

もっともっと主の恵みで満たされたいと願います。

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