聖書の御言を魂に刻む読み方と実践 | 聞くだけで終わらせない
聖書を読むこと 聖書の御言は覚えないと意味がないとずっと考えています。聖書を読んでいる時は鏡で自分の姿を見るように、現実の自分の姿がわかります。そこではじめて聖書の価値観と現実の自分にギャップがあることがわかるのです。し…
キリスト教信仰
聖書を読むこと 聖書の御言は覚えないと意味がないとずっと考えています。聖書を読んでいる時は鏡で自分の姿を見るように、現実の自分の姿がわかります。そこではじめて聖書の価値観と現実の自分にギャップがあることがわかるのです。し…
キリスト教信仰
神の掟 聖書は神の言で、御言と言われています。一言に御言といっても聖書では様々な言い方がされています。例えば、みことば、神の言、み教え、おきて、悟りなどの表現があります。特に詩篇119編には多くの表現があり、特におきてと…
キリスト教信仰
ぬるま湯の日々 最近はブログで気が抜けているとか日常に緊張感がないなどと書いていました。僕自身は常在戦場の精神ではなく、安逸の場所で楽に生きようとしているのではないかと感じ始めていました。今日の教会で語られた御言が今の自…
キリスト教信仰
救われたのはなんのためか? 聖書には「真理はあなたがたに自由を得させる」という言葉があります。さらに、「あなた方が召されたのは自由を得るためである」ともあります。キリストにより救われたのは自由になるためなのです。ここで一…
キリスト教信仰
御言のとおりじゃない自分 聖書の御言と向き合ったり格闘する中で、一生その境地に至ることはできないんじゃないかと思う御言があります。それは、ヨハネⅠにある御言です。「神を愛するとはすなわちその戒めを守ることである。そして、…
キリスト教信仰
聖書の言を覚えること クリスチャンの誰もがそう思っているかもしれませんが、聖書の言葉を覚えることは読む以上に重要だと思います。教会などでは聖書の通読や特定の箇所の通読期間などがあったり読むことは強く推奨されていると思いま…
雑感
聖書の言を覚えること ここ数か月は過去に覚えた聖書の御言のメンテンナンスと新しい御言の記憶に取り組んでいまます。これまでは聖書に線を引いて付箋を貼って指定の御言葉にアクセスしていました。 しかし、上記方法は反省点も結構あ…
雑感
スケジュール遵守 とっても当たり前のことなのですが、教えられたことを書いておこうと思います。僕はこだわりが強い面倒な人間で自分で決めた予定どおりに進まないと嫌なタイプです。もちろん、他の人と共同で行わないといけない作業は…
キリスト教信仰
御言の力 昨日はお客さんからの連絡が色々と重なり珍しくかなりぐったりして家に帰りました。ごはんを食べてお風呂も入らずに眠りにつきましたが、朝5時頃にSlackを見ると急ぎの連絡が入っており対応しました。そのあとは眠れなく…
キリスト教信仰
信仰の回復に必要な過程 今年も時々自分の信仰の回復ということをテーマにブログを書いてきました。振り返るとおもに祈りを回復させるという内容が多かった気がします。仕事や家庭においても祈らざるを得ない状況にあったり、そもそも、…
キリスト教信仰
宝のあるところに心がある 聖書にはこのような言葉があります。 あなたの宝のある所には、心もあるからである。 マタイ 6:21 この宝のある所というのは、なかなか自分ではわからないものです。客観的に誰かに指摘されたり、聖書…
キリスト教信仰
聖書の音読 最近ずっとやっていなかった聖書の音読を再開しました。音読は魂が恵まれるのに効くのはわかっていても、なんだか朝はまだエンジンもかかってないし、声を出して聖書を読むのもなんだか面倒だなと思ってしまっていて、やめて…
キリスト教信仰
自分でできる 先日のブログ「0495_あの頃のイエス様との親密感」で、救われた当初と比べると、今では自分で色々できるようになっていると勘違いするようになって、次第に、自分の力で生きていくようになっているということを書きま…
キリスト教信仰
聖書を読む体験 今朝は久しぶりに聖書をゆっくり読むことができました。聖書を読むと不思議な気持ちになります。何度も何度も読んでいて、つい読み流しそうになるのに、聖書を開いてページをめくっていくと自然と心が落ち着いてくるから…
雑感
心の偏狭さ 僕は神様が恵み深いお方すぎるゆえに、「それは不公平です」と言いたくなる偏狭さを持っています。ある人、ある教会が恵まれていること自体には不公平さを感じませんが、例えば、「あの人はあーなのに、恵まれている」とか「…
キリスト教信仰
クリスチャンの生き方 クリスチャンの生き方とは誤解を恐れずに言えば、自己を否定する生き方だと思います。人間は誰でも、おおよそ自分が思っている以上に自分のことを大切に思っています。その大切な自分を否定することは、本能的に嫌…
キリスト教信仰
乳飲み子(詩篇) 聖書にはちのみご、みどりごという言葉が時々出てきます。例えば詩篇にはこのように記載されています。神様は、いわゆる生まれてまもない赤ちゃんによって褒め称えられているということです。 みどりごと、ちのみごと…
キリスト教信仰
聖書人物伝 月に1回牧師先生と聖書の学びをしており、昨日はヨハネを学びました。テキストは沢村五郎先生の「聖書人物伝」です。この本は個人的にすごく思い入れのある本でもともと家にあり、母の所有物を繰り返し読んでいました。幸い…
キリスト教信仰
あまーい言葉 クリスチャン生活に欠かせないものに、聖書の言葉と祈りがあります。聖書の言は魂の糧であり、旧約聖書でははちみつの甘さに例えられています。本当の話かわかりませんが、ユダヤ人は今でも、子供に聖書の言葉の甘さを教え…
キリスト教信仰
耳に痛い言葉 聖書には聞いていて、耳に優しい言葉もあれば、聞きたくないと思う言葉もあります。人間は認知的に「聞きたいと思うことだけを聞いて、聞きたくないことを聞かない」ということを無意識的に行っているようです。ということ…