主の力で肉の働きを無力化する歩み | 救い後に続く内面の戦い
肉の働き 誤解を恐れずにいえば、イエス・キリストに出会ったのちも僕を含む多くのクリスチャンが聖書とおりに歩めてない場合が多いのではないでしょうか。なぜなら、イエス・キリストに救われたのちも、この地上ではこの肉体をもってい…
キリスト教信仰
肉の働き 誤解を恐れずにいえば、イエス・キリストに出会ったのちも僕を含む多くのクリスチャンが聖書とおりに歩めてない場合が多いのではないでしょうか。なぜなら、イエス・キリストに救われたのちも、この地上ではこの肉体をもってい…
キリスト教信仰
説教を聴いて 先日Youtubeで牧師先生がこんなことをおっしゃっていました。「キリストの大きな恵みと愛に圧倒されて、自分自身の生き方が180度変わる体験があります。しかし、それ以降は自分自身でイエス・キリストを選択し続…
キリスト教信仰
もし救われていなかったら? 自分がどのようなところから救われたかを定期的に思い出すととても恵まれます。「もし、あの時救われていかなったら?」や「もし、あの時イエス・キリストに出会っていなかったら?」というように自問自答す…
キリスト教信仰
なぜイエス・キリストを求めるのか? なぜ人はイエス・キリストを求めるのでしょうか。そんなことはクリスチャンじゃなくてもわかっていることかもしれません。それは「救い」が必要だからです。天地創造されて以来、イスラエルの長い歴…
キリスト教信仰
思い出すこと 自分がどういったところから救われたかをことあるごとに思い出すようにしています。聖書にはこのように書かれています。 「義を追い求め、主を尋ね求める者よ、わたしに聞け。 あなたがたの切り出された岩と、 あなたが…
キリスト教信仰
十字架でなされたこと 主はご自身の命を僕たちのために捨ててくださいました。それはこれまでの歴史の中で、さらにこれからも未来永劫、この全宇宙で最も尊いお捧げ物です。罪に対して誰も何もなし得なかったことを、キリストは成し遂げ…
キリスト教信仰
最も偉大な御わざ いよいよ受難週に入りました。この地上で人類にとって、イエス・キリストの十字架の御わざ以上に偉大なことはありません。創造主による天地創造よりも、モーセの海割りよりも、その他あらゆる聖書に記載されている軌跡…
キリスト教信仰
間違った認識 僕は以前は間違った認識でクリスチャン生活を送っていました。例えば、クリスチャン生活を送ると自分がやりたいことができなくなると思っていました。また友人関係も限定的になり、交友関係は教会の人中心になると思ってい…
雑感
NFTの衝撃 昨年からfacebookが社名をMetaに変更して以来、メタバースやNFTといった言葉がバズワードになっています。NFTは非代替性トークンと言われるもので、これまでコピーし放題だったデジタルコンテンツに唯一…
キリスト教信仰
クリスチャンじゃないほうがいい人が多い説 「クリスチャンじゃないほうがいい人が多い説」というのが時々、耳に入ってきます。皆さんはどう思うでしょうか?そもそも「いい人」という言葉も曖昧な言葉だと思いますが、おそらくいい人と…
キリスト教信仰
どんな宗教も結局は一緒!? キリストの教の代替不可能性はどこにあるのでしょうか?たまに「ぶっちゃけどの宗教も同じじゃね?」とか「クリスチャンでない人のほうがいい人が多い?!」というような発言も聞こえてきたりもします。確か…
雑感
人間は社会的な生き物 人間は社会的な生き物である以上、仙人になって山に籠もって霞を食べるような生活をしない限りは、必ず、人の間で生きなければなりません。いくらイエス・キリストの救いを受け入れて、「キリストを得ることは、す…
キリスト教信仰
救われると一体どうなるのか? イエス・キリストを心に受け入れて、魂が救われると何が変わるのでしょうか。本人の主観的な救われたという体験だけでなく、客観的に誰にも見える形で神様の栄光が表されることを誰もが望んでいるでしょう…
キリスト教信仰
魂が救われる体験 クリスチャンになる過程は人それぞれだと思いますが、おおよそ、多くの人にとっては、このようなものだったのではないかと思います。 まず、どこか、もしくは誰かから聖書の言葉を聞き、「この神様なら本当に自分を救…
キリスト教信仰
開発の流れ 開発の流れはおおむね、要件定義から詳細設計をして、実際にプログラミングをする実装を経て、テストの段階に入り、単体テスト、結合テスト、機能テスト、運用テストと続きます。そして晴れてリリースできたら、それで終わり…
キリスト教信仰
ドイツ人宣教師ラインハルト・ボンケ 先日、ドイツ人宣教師ラインハルト・ボンケの書籍を読みました。ボンケ氏は南アフリカの宣教師として非常に有名で70年代〜00年代にかけて世界各地で数万人を動員する天幕集会を行い、多くの人を…
キリスト教信仰
主観的な喜び 先日、陽気な天気の中で散歩している時に、「あー!魂が救わている喜びは何にも変えられないな!」と強く感じました。確かに神が造られたすべてが美しく見えるようになったのは、魂が救われてからの初めての体験でした。た…
キリスト教信仰
悲観的なことを言いたいわけではないけれど、僕は社会不適合者的な面があって、まともな人間という基準があれば、間違いなく中央値から遥かはなれたところにいるのは重々自覚しています。完全に普通の人以下です。人格的にも欠点があるし…
キリスト教信仰
人間はおおよそ10代後半〜20代前半から仕事を始めて、そこから40年〜50年近く働きます。人生の半分近く働き続けるのは決して容易なことではなく、その間、山あり谷ありで、様々な苦難や修羅場を乗り越えたりしながら、仕事に取り…
キリスト教信仰
以前、工場勤務をしていた時にパレートの法則を学びました。いわゆる、8:2の法則です。工場内の不良品全体の8割は2割の製品で占めているというものです。実際に数字を入力してパレート図を作成すると、あら不思議、本当に2割の要素…