0381_誰もやりたくない尻拭いのような仕事

最も偉大な御わざ

いよいよ受難週に入りました。この地上で人類にとって、イエス・キリストの十字架の御わざ以上に偉大なことはありません。創造主による天地創造よりも、モーセの海割りよりも、その他あらゆる聖書に記載されている軌跡よりも、またはイエス・キリストの誕生よりも、十字架の御わざには比べられません。それはイエス・キリストが生きるために生まれたのではなく、人類のために死ぬために生まれたことからも明らかです。

旧約聖書で預言されていたこと、イエス・キリストの生まれた理由、御父の目的は、一貫しており、救い主が人類を救うことでした。それは、地上で目に見える王を立てて救済するのではなく、誰も想像し得なかったことであり、意外にも神ご自身が人の姿をとって、完全な人間として、完全な神の子として、肉体、精神、魂において究極の苦しみを受けることによって成し遂げられることでした。

誰もやりたくない

誰がそんなことを成し遂げられるだろうと思います。「君は生きるためではなく、死ぬために生まれた」と言われて納得ができるでしょうか。冤罪事件に巻き込まれて、自己弁護しない人がいるでしょうか。御父の御心を行っているのにも関わらず、同族の宗教指導者や多くの群衆に拒絶されました。3年間寝食をともにして手塩にかけて育てた弟子も離れて生きました。そうなるのをご存知であっても、愛し続けてくださったのがイエス・キリストです。

愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない。 不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。 不義を喜ばないで真理を喜ぶ。 そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。
コリント人への第一の手紙 13:4-7

結婚式の御言としてこの言葉が語られますが、この言葉を完璧に実行した方はイエス・キリストご自身意外は地上には存在しません。イエス・キリストご自身だけがこのような生き方をされたのです。

十字架の恵みに与るために

そして、イエス・キリストは今も生きておられて、この御言を今も実行し続けておられます。

この御言を読む度に、僕は不寛容で、情深くもないし、ねたむし、高ぶるし、自分のことばかり考えるし、苛立つし、忍耐もありません。人間には到底実行不可能であり、神様の前に悔い改めることしかできない者です。

だから、この罪深い者に対しても、この御言を実行し続けてくださっているお方を褒め称えるほかありません。そして、今年のイースターでは、そのようなお方とともに造り変えられるようにイエス・キリストの死と葬りと復活に与りたいと思っています。

おっさん
■この地上で最も偉大なのはイエス・キリストの十字架のほかにない
■誰もなし得なかったことをイエス・キリストだけが成し遂げてくださった
■この方とともに死と葬りと復活に与るならば新しい命で生きることができるだろう

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