キリスト中心の夫婦関係が信仰を守る土台になる | 制約の中で見える守りの価値
キリストを中心とした人間関係 最近は夫婦における信仰について学ばされています。それは嫁さんがいて自身の信仰が守られたと感じることが多いのです。 2000年前に教会が誕生したように人間は教会というコミュニティーや人間関係の…
キリスト教信仰
キリストを中心とした人間関係 最近は夫婦における信仰について学ばされています。それは嫁さんがいて自身の信仰が守られたと感じることが多いのです。 2000年前に教会が誕生したように人間は教会というコミュニティーや人間関係の…
キリスト教信仰
たといそうでなくても 嫁さんのお腹の中にいる赤ちゃんはずっと羊水が全くない状態で生きています。医者から言われているメインシナリオでは赤ちゃんが生まれても肺が低形成のため、息ができなくて死んでしまうと言われていました。 そ…
キリスト教信仰
自分が平安になりたい 一昨日、昨日に引き続き、自身が置かれている試練に関して書きます。この試練が自身に降りかかってきた時、祈っていた時に主が語ってくださったことがありました。それはこのようなものです。 「わたしと苦しみを…
キリスト教信仰
不信仰の心 正直に話すと僕の心の中には不信仰の心が湧き上がってくることがあります。こんなことを書くと「お前はそれでもクリスチャンか!」と言われそうですが、実際にそうなのです。なぜなら、僕は霊によって生きていると同時にこの…
キリスト教信仰
今はそっとしておいてほしい 最近僕はイエス様に対して「今はそっとしておいてほしい。」と思っているということを書きました。 1543_もう入ってこないでそっとしておいてほしい そのような中でイエス様は御言を通して「ほうって…
キリスト教信仰
信仰者として 昨日に続きます。僕はえらそうにも「大切なのは主が共にいてくださる事実ではなくて、あなたが主と共に痛いたいと願っているのか?」と主張してきました。しかし、今僕は主と共にいたくないと思ってしまっているのです。も…
キリスト教信仰
主がいなければとんでもない人間 何度もこのブログで書いていますが、僕は自他ともに認める社会不適合者です。今仕事ができているのはイエス様のおかげです。そして、主の采配のもと奇跡的に適材適所に置かれて、実際的にはチームで動い…
キリスト教信仰
2歳の息子と二人っきり 最近は一週間ほど嫁さんが入院していて家にいなかったので、はじめて2歳の息子と二人っきりでまるまる1週間生活することになりました。正直、それが決まった時は不安しかありませんでした。それは現在の状態お…
キリスト教信仰
言語化すること 僕はこれまで「言語化」ということにこだわってきました。それは言語化することによって見えなかったものが見えるようになり、ぼんやりしていたものが精緻化され、不要なものが排除されてデトックスされ、頭の中だけでは…
キリスト教信仰
クリスチャンごっこ 昨日は、僕の信仰は全く聖書に書いてある信仰のようではないと書きました。それはあたかも自身がクリスチャンごっこをしているような気分にさえなってきます。宗教的な行いはもう十分だと思います。昨日も書いたよう…
キリスト教信仰
主のため 昨日は朝の黄金の時間は悔い改めから始まると書きました。さらに教えられたことを書きます。朝、主の前に出るのは当然「僕」のためじゃありません。主のためです。しかし、どこまでいっても「僕」が顔を出すことを自覚しなけれ…
キリスト教信仰
理解しがたい忍耐 先日こどもとイオンへ行きました。子どもたちが靴を抜いで遊べる無料エリアがあり、そこでこどもを遊ばせていました。子供が10名くらいいて周りに保護者が数名います。走り回っているこどもも多くぶつかったりしない…
キリスト教信仰
孤独な存在 今日は先日の祈りで個人的に語られたことをシェアしたいと思います。 1498_裏山で一人で2時間祈る人は変人か 個人的に語られていることを書いているので「お前がそう思い込んでるだけじゃね!?」と思われる方は読ま…
キリスト教信仰
裏山に一人で 今日は先日ブログで書いたとおり母教会の裏山に一人で祈りに行ってきました。 1496_裏山に一人で祈りに行くのは変人か? 裏山に行くには電車を3回乗り換えて2時間ほどかけていく必要があります。実を言えば前日く…
キリスト教信仰
一つの行為から神の御手を動かした 通読ではサムエル記に入りました。サムエル記上の一章は僕が大好きな聖書箇所の一つです。そこにはほとんど信仰生活で必要なすべてエッセンスが凝縮されているかのようです。不妊症であったハンナは苦…
キリスト教信仰
二通りのクリスチャンの生き方 二通りのクリスチャンの生き方ということについて今日も続けます。一つは完全に、あるいはできる限り主の似姿に変えられるべく、できる限りこの世のコンテンツに触れない生き方、一つはこの世のコンテンツ…
キリスト教信仰
主は真実な心を求めておられる 先日のブログで主は嘘偽りのない真実な心を求めておられ、礼拝ではその心が大切だと書きました。 1452_福音派の教会は古典的な聖歌で賛美し、ペンテコステ派はワーシップソングで賛美する そのこと…
キリスト教信仰
人生の転換点におけるピーク クリスチャン信仰とは救われた時がピークで救われた以降は下降線をたどっていくというようなものではありません。もちろん、救われた時のあの歓喜の原体験は何にも代えられないものです。しかし、それは決し…
キリスト教信仰
本質的なところにおいては同じ 何度もブログで書いていますが、僕は今は福音派の教会に行っていますが、母教会はペンテコステ派でした。これらは、キリスト教信仰における「信仰によって救われる」や「福音宣教をする」や「キリストの再…
キリスト教信仰
ゼレンスキー大統領とトランプ大統領との会談 普段はできる限り余計な情報に触れないようにしているので、何か情報を見て苛立ったり極度に悲しくなったりと感情をもっていかれることはありません。しかし、先日の土曜日は朝から感情をも…