教会次第で恵みは変わるのかを問う | 主観ではなく御言に立つ
御言に立つ 僕は若かった頃、教会のいかんによって自分が恵まれるかどうかが変わると間違って理解していました。ある教会では恵まれるがある教会では恵まれないとかそんなことを思っていたのです。しかし、今はそんなことは思っていませ…
キリスト教信仰
御言に立つ 僕は若かった頃、教会のいかんによって自分が恵まれるかどうかが変わると間違って理解していました。ある教会では恵まれるがある教会では恵まれないとかそんなことを思っていたのです。しかし、今はそんなことは思っていませ…
キリスト教信仰
あと39回 僕には今年できなかったことがあります。それは聖書の年間通読です。聖書は読んでいますが今年は通読できなかったのです。これは非常に情けない結果です。なぜなら、以前もブログに書きましたが仮に70歳で死ぬとしたらあと…
キリスト教信仰
御言を味わう 僕が17歳くらいで自発的に聖書を読み始めた頃はまだ黙想する、御言を味わう、咀嚼するということが一体どういうことなのかわかっていませんでした。それがわかるようになったはこのようなプロセスを経てからでした。 ま…
キリスト教信仰
主の心を知りたい 人生の節目において、自分がどう進めばいいかわからない時、たとえば、就職や転職や結婚など、そのような時クリスチャンは「主の御心を知りたい」と願うものです。この決断が人生を大きく左右するとわかっているからこ…
キリスト教信仰
Xでのポスト 先日、X(旧Twitter)でフォローしているキリスト教関係のアカウントがこのような御言をポストしていました。 “Don’t worry about anything; instead, pra…
キリスト教信仰
主が喜んでくださる祈り 主が喜んでくださる祈りとはどのようなものでしょうか?聖書にいくつかヒントが書かれています。たとえば、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい。」とは主が望んでおら…
キリスト教信仰
放蕩息子の兄と弟の二人の立場を経験 クリスチャンの信仰生活とは、このような過程を経る場合があるのではないかと思っています。それは、救われて間もない頃は救われた圧倒的な感動とイエス様への情熱や愛を動機として神様の御言に従順…
生き方
百聞は一見にしかずの力 今いる会社でWebシステムのデザインを担当することがあります。デザインには百聞は一見にしかずの力があります。システム開発で要件定義が文字でずらずら書かれていてもお客さんはよく理解できないことがあり…
キリスト教信仰
心の中の声 僕の心の中には時々このような声が聞こえてきます。 「あの人はどうなのですか?」 「あの人はああなのに?」 「なんであの人だけ?」 このような内なる声が聞こえてきた時の対処方法は既に聖書に書かれています。聖書は…
キリスト教信仰
Webアプリケーション 細々とWebアプリケーションを作っています。今回は開発した「聖書通読アプリ」を紹介したいとおもいます。聖書通読アプリと言えばYouVersionが有名だと思います。僕も通勤の時に活用させて頂いてい…
キリスト教信仰
今はそっとしておいてほしい 最近僕はイエス様に対して「今はそっとしておいてほしい。」と思っているということを書きました。 1543_もう入ってこないでそっとしておいてほしい そのような中でイエス様は御言を通して「ほうって…
キリスト教信仰
どの書の何章だったっけ? 今日は作ったWebサービスの本番バージョンを公開しようと思います。このアプリは下記目的があって作りました。 「この言葉、聖書のどこかで読んだ気がするけど…どの書の何章だったっけ?」そんな経験、あ…
キリスト教信仰
聖書通読にAI利用 先日はAIの技術に複雑な気持ちをもってはいますが、キャッチアップを進めていると書きました。使うシーンの大半は仕事における利活用になりますが一部プライベートでも使っています。特に聖書を読んでいる際に、時…
キリスト教信仰
Webアプリケーション 今日は細々と作っていたWebアプリケーションのベータ版が完成したので公開したいと思います。これはただ単に僕がほしいと思っていたアプリケーションです。僕は聖書の聖句を暗唱することを信仰生活の基礎にお…
キリスト教信仰
第一コリント13章 先日散歩している時にこの御言を口ずさんでいました。 愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない。不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない…
キリスト教信仰
可処分時間に関して 僕はこのブログで与えられている可処分時間は有意義に使いたいということを書いてきました。具体的に書けばだらだらテレビは見ない、スマホは必要な時以外触らない、SNSは情報収集以外では触らない、などを実行し…
キリスト教信仰
2歳の息子と二人っきり 最近は一週間ほど嫁さんが入院していて家にいなかったので、はじめて2歳の息子と二人っきりでまるまる1週間生活することになりました。正直、それが決まった時は不安しかありませんでした。それは現在の状態お…
キリスト教信仰
霊的な生活を支えるもの 僕には聖書以外にも大切なものがあります。それは何が何でも失いたくないと思っているものです。それは僕の霊的な生活を支えるものです。そして主との交わりにも欠かせない大切なものです。僕はこれまでの人生で…
キリスト教信仰
クリスチャンごっこ 昨日は、僕の信仰は全く聖書に書いてある信仰のようではないと書きました。それはあたかも自身がクリスチャンごっこをしているような気分にさえなってきます。宗教的な行いはもう十分だと思います。昨日も書いたよう…
キリスト教信仰
クリスチャンごっこ 最近思うことがあります。それは結局僕がやっていることは「クリスチャンごっこ」に過ぎないのではないか?ということです。もちろん、僕にとってイエス様の十字架は本物であり、魂の救いは知識ではなく霊的な深い領…