0967_聖書を何度読んでも教えられる理由 | 人生段階ごとに開かれる御言
何度読んでも教えられる 聖書は何度読んでも教えられることがあるというのは本当にそうだと思います。それは、まず各人生のステージにおいて必要とする教えが違うことがあるかもしれません。学生には学生の、社会人には社会人の必要とす…
キリスト教信仰
何度読んでも教えられる 聖書は何度読んでも教えられることがあるというのは本当にそうだと思います。それは、まず各人生のステージにおいて必要とする教えが違うことがあるかもしれません。学生には学生の、社会人には社会人の必要とす…
キリスト教信仰
奉仕するにあたってに大切なこと 教会で奉仕をするにあたって最も大切なのは何でしょうか?神様が教会での奉仕で求めているのはこの世的なものとは全く違います。この世の業務は質や量や速さが求められますが、教会では違います。 例え…
キリスト教信仰
創世記は読みやすい 先日は、最近イザヤ書と創世記を読んでいると書きました。今日は創世記を読んでいて教えられたことを書こうと思います。創世記は非常にドラマチックで壮大です。アダムとイブから始まりノアと続きます。そして、信仰…
キリスト教信仰
奉仕観 年をとってから自分の教会での奉仕観が結構変わりました。若かりし頃は、神の前にへりくだって祈って奉仕していたとしても、やはり力が入りすぎていたり、俺が俺が感が少なからず出ていたと思います。そして礼拝に関しては、その…
キリスト教信仰
ワーシップソングを導入したい理由 先日ある人からとある教会の若い信徒さんがややこしいことを言っていてどうしたものかという話を聞きました。話はこのようなものでした。その教会は福音派の教会で礼拝では主に新聖歌や賛美歌21から…
キリスト教信仰
クリスチャンが魂の健康を維持するためには、自分がどのようなところから救われたか?を日々忘れないようにすることが大切だと思っています。なぜなら、人はすべからず忘れる生き物だからです。もし、魂の救いという最も価値のある神様の…
キリスト教信仰
音楽のコンサート 先日僕が行っている教会で音楽のコンサートがありました。コロナ禍でずっと開催できていなかったので、今回が4年ぶりだったそうです。教会にはピアノが上手な方が大勢いらっしゃって、その方のもとでピアノを習ってい…
キリスト教信仰
救霊の思い こんなことを書くとクリスチャンとしてどうなんだといわれそうですが、僕自身には他の人の魂が救われてほしいという救霊の強い思いはありません。しかし、僕が自分に死んでイエス・キリストが共に生きることを選択し続けるな…
キリスト教信仰
説教の聴き方 自分の生活の中に主との交わりを回復するのが今年のテーマです。先日は少しそれに近づいてきたんじゃないかと思うことがありました。僕はこれまであらゆる機会を逃さずに説教を聴くことを絶えずしてきました。母教会の説教…
キリスト教信仰
クリスチャン生活に欠かせないもの クリスチャン生活に絶対に欠かせないものが2つあります。この二つがなければ神様の恵みも祝福も臨在も福音宣教の恵みも人生には伴ってきません。それは「へりくだること」と「悔い改め」です。これら…
キリスト教信仰
ずっとリバイバルを求めている クリスチャンはすべからずリバイバルを求めていると思います。それぞれの立場がどうであれ、それぞれの生活や仕事がどうであれ、イエス様からの大宣教命令はすべての クリスチャンの生活に適用されるべき…
キリスト教信仰
アブラハムの信仰 先日創世記を読んでいた時にあることを思いました。その箇所はアブラハムが100歳の時に神から授かったひとり子イサクを神に捧げなさいと命令を受ける場面でした。アブラハムは唯一のまことの神には自分のひとり子を…
キリスト教信仰
今年は訓練の時 個人的に今年は教会での奉仕が多くなり訓練の時としてその時を用いています。時には土日のほとんどが教会での奉仕などで埋まることもありますが、絶対に不平不満は言っていません。本当に不平不満を言っていないかは嫁さ…
キリスト教信仰
霊的解釈の書物にどはまり 最近はB.R.ヒックスという人が書いた「THE SONG OF LOVE」という本を読んでいます。B.R.ヒックスという人物が書いた書物に出会ったのは今から15年ほど前です。僕がペンテコステ派の…
キリスト教信仰
よく体調を崩すようになった ここ数年よく体調をよく崩すようになりました。以前なら年に1回高熱が出るくらいだったのですが、今年に入ってからすでに4回ほど体調を崩してしまっています。そのうちの1回はコロナでそれ以外は喉の痛み…
キリスト教信仰
禁欲的な生き方 ユダヤ教やキリスト教のカトリックと比べた場合、キリスト教プロテスタントは相対的にストイックにはみえないように思います。前提としてストイックだからいいというわけではありません。なぜなら、新約の時代は行いによ…
キリスト教信仰
スマホ中毒 数日連続で書いていますが、最近は「主との交わり」をテーマに生活をしています。僕はこれまで比較的早めにデジタル断舎離をして身軽になったと思っていたのですが、それから1年ほど経過して、また余計なものが自分の中にた…
キリスト教信仰
間違った方向に行く時 昨日は主が共にいてくださっていると思っているだけで実際は1人で生きてしまっていることについて書きました。今日は自分には悔い改めるべきことがあるにも関わらず、自分は問題ないと思ってしまう状態について書…
生き方
記憶に残らないもの この世界では三つの残るものがあると思っています。一つ目は記憶に残らないもの、二つ目は記憶に残るもの、三つ目は永遠に残るものです。 「記憶に残らないもの」とは何でしょうか?僕は物質的なものからもたらされ…
キリスト教信仰
神の下僕 先日、通勤電車で聖書を読んでいる時にこの言葉が書かれていました。 わたしは彼らに答えて言った、「天の神がわれわれを恵まれるので、そのしもべであるわれわれは奮い立って築くのである。 ネヘミヤ2:20 これはエルサ…