0612_自己矛盾した強い違和感は2つの選択を僕に迫り続ける
肉の性質 決して救われているだけで満足しているわけではなく、イエス様が自分に対して現わしてくださった愛をもって生きたいと強く願っています。しかし、日常生活で自分を見るとそのような愛は持ち合わせていないことを深く知ることに…
キリスト教信仰
肉の性質 決して救われているだけで満足しているわけではなく、イエス様が自分に対して現わしてくださった愛をもって生きたいと強く願っています。しかし、日常生活で自分を見るとそのような愛は持ち合わせていないことを深く知ることに…
キリスト教信仰
中国の宣教師 先日、今所属している教団の冊子を目にしていたところ、見覚えのある顔が目に入りました。その人の書いている文章を見ているとどうも中国に宣教に行っておられたことのある先生のようです。記憶を研ぎ澄ましていくと、よう…
キリスト教信仰
きかれるに時がある 神の御心に沿った祈りは必ずきかれます。もちろんすべてのことには「神の時」があります。ある時は、祈り手が整うために主が待っておられることもあるでしょう。またある時は、周りの環境が整うまで待たないといけな…
キリスト教信仰
きかれる祈り 皆さんの祈りは神様にきかれているでしょうか?おそらく、きかれた祈りもあれば、現在も忍耐をもって待ち望んでいる祈りもあると思います。今日は、神様に絶対にきかれ、かつ人生を豊かにする祈りを自分の体験談から紹介し…
キリスト教信仰
悪魔のせい 先日Youtubeで説教を聴いててとても納得のいったことがありました。クリスチャンは往々にして、特に聖霊派に多いのかもしれませんが問題が起こった場合に悪魔のせいにする傾向があると思います。 それは集会の中で、…
キリスト教信仰
思い出すこと 自分がどういったところから救われたかをことあるごとに思い出すようにしています。聖書にはこのように書かれています。 「義を追い求め、主を尋ね求める者よ、わたしに聞け。 あなたがたの切り出された岩と、 あなたが…
キリスト教信仰
いつでもイエス様に頼ることができる 日々生活をしていると、イエス様が共にいると言いながら、イエス様と共に1日を過ごそうとしていないのは自分のほうだと気づかされます。生活のあらゆる場面で、イエス様に頼ればいいのに自分の力で…
キリスト教信仰
ぬるま湯の日々 最近はブログで気が抜けているとか日常に緊張感がないなどと書いていました。僕自身は常在戦場の精神ではなく、安逸の場所で楽に生きようとしているのではないかと感じ始めていました。今日の教会で語られた御言が今の自…
キリスト教信仰
キリストが共にいること 先日ふとした時に、キリストと共に歩むことと彼に栄光を帰し続ける理由が明確になった気がしたので、書いておこうとします。キリストと共に生きるということは、もう二度と一人で生きることではありません。あら…
キリスト教信仰
刺激と反応の考え方 刺激と反応の間には空間があると言われています。例えば、外部環境からどのような刺激がやってきても、それに対する反応は自分の自由意思によって選択することができるということです。 例えば、理不尽なことや辛く…
キリスト教信仰
救われたのはなんのためか? 聖書には「真理はあなたがたに自由を得させる」という言葉があります。さらに、「あなた方が召されたのは自由を得るためである」ともあります。キリストにより救われたのは自由になるためなのです。ここで一…
キリスト教信仰
教会の奉仕 所属している教会から「来年度どのような奉仕ができるか?」を確認するチェックシートが配布されていたので、ここ数週間、自分がどういった奉仕ができるかを祈りながら考えていました。チェックシートには教会を支える様々な…
キリスト教信仰
祈祷課題をいつ祈るか? クリスチャンの皆さんは祈祷課題をいつ祈っておられるでしょうか。おそらく教会にはオフィシャルで公表されている祈祷課題があると思います。例えば、福音が広がっていくようにや病気が癒やされるようにやコロナ…
キリスト教信仰
3つのてん 先日3つの「てん」が大切ということを知りました。これは聖書に関するものではなく、誰が言った言葉です。3つのてんとは「転換」、「展開」、「点を打つ」ということです。まず「転換」によって自分が変わります。それはパ…
キリスト教信仰
御言のとおりじゃない自分 聖書の御言と向き合ったり格闘する中で、一生その境地に至ることはできないんじゃないかと思う御言があります。それは、ヨハネⅠにある御言です。「神を愛するとはすなわちその戒めを守ることである。そして、…
キリスト教信仰
ランニング中に 先日からランニングを再開しました。秋晴れのもと音楽を聴きながら刻々と変わる景色を鑑賞しながら4キロほど走りました。夕方くらいになると太陽の光も眩しくなく、柔らかい陽光が希望を与えてくれているようにも感じま…
キリスト教信仰
聖書の言を覚えること クリスチャンの誰もがそう思っているかもしれませんが、聖書の言葉を覚えることは読む以上に重要だと思います。教会などでは聖書の通読や特定の箇所の通読期間などがあったり読むことは強く推奨されていると思いま…
キリスト教信仰
自分らしさがなくなった時 今でこそそんなことは思いませんが、以前はクリスチャンになって自分らしく生きられないことに苦しんだことがありました。僕は高校生の時から音楽で自己表現するのが好きだったので、僕にとっての自分らしさは…
キリスト教信仰
へりくだりの意味 先日、説教を聞いていて、初めて聞く説明が目から鱗でしたので、ここで共有したいと思います。聖書に出てくる「へりくだる」という意味は原語では、「鳥が羽を折る」という意味があるのです。 僕はこれまでへりくだる…
キリスト教信仰
神を求める時 クリスチャンには神様を求める時というのがあると思います。僕の場合、神様を本気で求め始めたのは17歳の頃です。それまでは教会には行っていましたが神様ご自身を求めるようなことはしていませんでした。さらに求めるよ…