1193_デボーションを見直しイエスに集中する祈りへ | 習慣化より交わりを重視する
デボーションが変わった 最近、少し自分のデボーションが変わったように思います。これまではルーティンで聖書を通読して、自分の暗唱聖句ノートの聖句を音読して、その他、信仰書に書かれている祈りを宣言して、目をつぶってする祈りを…
キリスト教信仰
デボーションが変わった 最近、少し自分のデボーションが変わったように思います。これまではルーティンで聖書を通読して、自分の暗唱聖句ノートの聖句を音読して、その他、信仰書に書かれている祈りを宣言して、目をつぶってする祈りを…
生き方
まぁこれくらいは大丈夫だろ 僕は、これまで「まぁこれくらいは大丈夫だろ」と思っていたことを完全に遮断することにしました。それは世の中の価値観から言っても道徳的にも別に非難されるようなことではありません。しかし、この世の基…
キリスト教信仰
「信仰継承」という言葉 キリスト教界隈ではよく「信仰継承」ということが話題になります。親の世代から子の世代へと信仰を引き継いでいく。逆から言えば子が親の信仰を受け継ぐということになります。でも、これは以前も指摘しています…
雑感
精神の状態があまりよろしくない 最近、自分の精神の状態があまりよろしくないと感じています。精神の状態が悪くなると、はっきりとそれが行動にも表れます。具体的な行動を書きます。まず、エナジードリンクを週に3本は飲むようになり…
雑感
霊的な成長 高校2年生の時にイエス様に出会う体験をしてから完全に価値観が変わりました。そのすべてをここに書くことは難しいのですが、特にこれまで全く意識することがなかった霊的な成長において目指すものができたのは大きな変化で…
キリスト教信仰
霊的な状態 信仰生活をしていると自分の霊的な状態が刻一刻と変わるのを感じます。どれだけ祈って力に満たされたと思っても心の平安が奪われるような話や出来事が起こってきます。どれだけ日曜日の礼拝で魂が恵まれたとしても、その次の…
キリスト教信仰
教会は神の家 教会は本当にいいところだと思っています。もちろん、教会ならではの問題やややこしさ、人間関係のわずらわしさなどがないわけではありません。しかし、それは人間が集まるところなのであって当然だと思います。ただ一つ、…
キリスト教信仰
奉仕したあと 皆さんは奉仕をしたあといつもどのような気持ちになるでしょうか?奉仕した自分自身の魂が恵まれて「あーやってよかった!」と思える日もあれば、失敗や人から言われた言葉にしょんぼりしてしまうこともあるかもしれません…
雑感
読書に夢中になるのは盲点だった 先週は意識的に本を読まない一週間にしました。これまでスマホは自分にとって有益な一面は20%ほどで、80%はだいたい時間の浪費になっているので離れなければいけないものだという自覚がありました…
生き方
長く祈れなくなっている 数十年前に比べると、自身の祈りにおいて霊的な深みがだいぶなくなってきていると感じています。祈っても浅いのです。祈っても待てないのです。祈っても没入できないのです。祈っても集中できないのです。祈って…
キリスト教信仰
今日祈れるのは 以前も書きましたが、今自分が祈ることができているのはただ単に今いる環境がいいから祈れているのではないか?と思うことがありました。あるいは今日はいいことがあったからとかいい気分だから祈れているだけなんじゃな…
雑感
教会における人間関係 教会における人間関係は世の中にあるものと少し違います。それは救われた者の神の家族としての関係があります。礼拝や奉仕をする中でキリストを中心として霊的につながっているという感覚はこの世では味わえない特…
生き方
信用できるのは自分だけ? あなたは自分自身を信用していますか?あるいは自分自身に失望していますか?ある人は「信じられるのは自分だけだ!」と自分だけを信じる決心を堅くしているかもしれません。一方、ある人は周りの人も信用でき…
キリスト教信仰
説教の奉仕 先日は教会のCSで数か月に説教をしたのですが、とても魂が恵まれる体験をしました。説教の奉仕はとても不思議です。仕事だと準備したら準備した分だけのパフォーマンスがでますが、説教の場合は必ずしもそうじゃありません…
雑感
仕事終わりに 仕事帰り電車からホームに降りた時にこんなことを思いました。 「目の前にはこんなに多くの人がいるにもかかわらず、僕はこの中にいる人を誰一人知らない。」 人は目と鼻の先にいるにもかかわらず、その人たちは赤の他人…
キリスト教信仰
主の祈り 先日教会で主の祈りを告白している時に思ったことがありました。 「わたしたちに罪を犯した者を赦しましたから、 わたしたちの犯した罪をお赦しください。」 いつもなんとなく告白していた祈りの言葉ですが、果たして日常生…
キリスト教信仰
ある人が持っている教義 先日こんなことを思いました。それは「塩狩峠の主人公の生き方を考えたら教派ってどうでもよくなる」ということです。それはつまり、それぞれがそれぞれに主張がありますが、ここ、要、クリスチャンとしてどう判…
生き方
真実ないのりとは? 先日祈っていて自分の祈りが真実かどうかはわからないと思うことがありました。例えば、祈りにおいて心の底から「主を感謝します。あなたの御名を心よりほめたたえます。あなたを愛します。」と思っていても、実は今…
キリスト教信仰
自分の祈り 自分の祈りを客観的に聞くときに思うことがあります。それはいかに願い事が多いか?ということです。願い事から始まり願い事で終わっていることが多いのです。それは決して悪いことではありません。しかし、当の本人は何も思…
キリスト教信仰
自分の気持ち クリスチャンであると「自分の気持ちに対して正直になる」ということが難しく感じることがあります。なぜなら、クリスチャンの生き方というのは罪深い自分自身の徹底的な否定の連続だからです。聖書にあるように日々自分の…