1376_教会で過ごす一日の霊的な満足感は教会外で過ごす1000日に勝る
毎週礼拝できる恵み 僕は神様が人間のために「聖日」を定めてくださって毎週礼拝できる恵みを与えてくださっていることに感謝しています。これまでの人生で何度も「聖日」に助けられてきました。それは礼拝や祈りの中、奉仕や兄弟姉妹と…
毎週礼拝できる恵み 僕は神様が人間のために「聖日」を定めてくださって毎週礼拝できる恵みを与えてくださっていることに感謝しています。これまでの人生で何度も「聖日」に助けられてきました。それは礼拝や祈りの中、奉仕や兄弟姉妹と…
僕自身は全く正反対の人間 僕は今それが打率100%で実行できているかは別にして、このような者でありたいと願っています。それは「自分には厳しく、身内には比較的厳しく、他人には優しく」というものです。なぜこのような言葉を回し…
ピリピ人への手紙 昨日は、「どのようにして神の愛から実生活への行動へ落とし込んでいけばいいのか?」という問いに対して一つ目のアプローチを書きました。今日は二つ目を書こうと思います。それはこの御言に集約されています。 最後…
非常に有用な言葉 家庭や職場や教会の人間関係の中で生きる上で非常に有用な言葉にこのようなものがあります。 「人の強みを見て弱みを見ない」 この言葉は弱みに付け込み糾弾しようとする人に自制を促します。また寛容な心で相手を受…
生成AIと自分で書くこと 先日「こどものための作文セミナー」なるものに参加しました。理由としてはここ数年の自身の問題意識に対して解決が与えられるのではないか?と思ったからです。問題意識とは、「生成AIに書かせること」と「…
1日の積み重ね 僕はずっと自分の信仰に対して楽観的でした。それは「今はこのような信仰だけれど10年後、20年後にはきっとクリスチャンとして宣教の実も御霊の実も結んでいるだろう。」というものです。もちろん、主は恵みによって…
信仰生活のインプットとアウトプット 信仰生活にとってアウトプットは非常に重要です。アウトプットがあるからこそインプットが強化されます。アウトプットには教会における奉仕だけでなく日常生活、社会生活の実践などが含まれます。ま…
モラルハザードと言う言葉 モラルハザードと言う言葉があります。例えば、銀行が債務超過した場合、破綻して倒産してしまいます。しかし、もし中央銀行が大きすぎて潰せないとなると資金注入して銀行を救うことになります。これにより国…
定量化された祈りの時間 先日の日曜日は教会の奉仕がありました。そこで教えられたことを自分の反省も込めて書こうと思っています。定量化することは決してよくないのですが、僕はこの奉仕をするにあたって毎回最低3時間の祈りの時間を…
2つの実を結ぶ クリスチャンはイエス・キリストとともに歩むなら人生において2つの実を結ぶと約束されています。一つは宣教の実、もう一つが御霊の実です。御霊の実についてはガラテヤ書に書かれています。多くのクリスチャンはこの御…
神の愛 キリスト教は神の愛を教えてくれます。その愛は決して人が持っている愛と比べ物になりません。言葉を選ばずに書けば、クリスマスのロマンティックな男女間の愛はそれと比べるとあまりにも低俗すぎます。また親が子に抱いている犠…
ある人がある人に対して批判的 昨日は悔い改めについて書きました。今日も続けます。教会生活を送っているとある人がある人に対して批判的であるという場面を見ることがあります。むしろ結構あると思います。特に深刻なのは関係が悪いま…
悔い改めに関して 以前よりこのブログでは悔い改めについて書いてきました。これまでで悔い改めに関するブログは10ほどありました。 1337_悔い改めの頻度はどのくらいがいいのか? 1255_悔い改めに導かれるほうが価値があ…
ミニマリストの生活 僕は独身時代一時期ミニマリストの生活をしていました。持つものは最低限で、掃除機も冷蔵庫も炊飯器も洗濯機も布団もない生活をしていました。持たない生活はシンプルで大切なことに集中させ精神を研ぎ澄まさせます…
神様の前に誇ることがないため 昨日は神様がこの世で軽んじられている者や無きに等しい者をあえて選んでくださった大きな恵みについて書きました。しかし、昨日書いた御言には続きがあります。 それは、どんな人間でも、神のみまえに誇…
この世界は不平等 これは僕の理解不足や認識違いかもしれませんが僕はこの世界をこのように捉えています。それはこの世界は平等ではないということです。生まれ持った環境に大きく左右されます。また不都合な真実として当然生まれ持った…
関係が希薄になる理由 「イエス様との深い交わりのある日々を送りたい。」と願うのであれば、祈りの場所と時間を日常生活の中で確保することが最優先されると思います。時間も場所も確保しないで「神様が本当にいるのかどうかわからない…
異言は当たり前という環境 昨日は異言の祈りについて少し書きました。今日も続けます。僕はペンテコステ派の教会で救われたので異言は当たり前という環境で育ちました。自身が小さかった頃は何も思わなかったのですが、理性が発達してく…
福音派の教会における異言の解釈 今日はキリスト教会では比較的センシティブな話題である異言について語ろうと思います。このブログでは何度も書いているとおり、僕のバックグラウンドはプロテスタントのペンテコステ派にあり、現在は福…
いい面も悪い面 現在、仕事をする上でGPT-4は僕にとって欠かせない存在になってしまいました。もちろん、いい面も悪い面もあります。目先のいい面に目を奪われてしまって、遅効性のある弊害から目をそらすのはだめなことだとわかっ…