奇策を追わず小さな忠実を積み重ねる | 従う姿勢が道を開いていく
あなたは私に従ってきなさい 先日、不信仰に陥りそうになりました。しかし、主に祈った時にいつもの御言がやってきました。それは「あなたは私に従ってきなさい」という御言です。人は見える世界で生きているので見えるところによって生…
キリスト教信仰
あなたは私に従ってきなさい 先日、不信仰に陥りそうになりました。しかし、主に祈った時にいつもの御言がやってきました。それは「あなたは私に従ってきなさい」という御言です。人は見える世界で生きているので見えるところによって生…
キリスト教信仰
子たちの心を父に向けさせてほしい 先日、僕はブログでバプテスマのヨハネのように花婿の友人でありたいと書きました。そのことについてまた書きたいと思います。 1224_花婿の友人でありたい 先日祈っていて主が教えてくださった…
キリスト教信仰
信仰は成長する? 信仰は成長するものだという先生もいれば、信仰は成長するような性質のようなものではないという先生もいます。後者は「神様を信じる」ということはそれ以上でもそれ以下でもないということなのだと思います。 それぞ…
キリスト教信仰
神の時 今日書くことは以前にもブログで書いたことがある内容なのですが、最近も同様のことを強く思わされているので書こうと思います。これは決して周りや誰かを見てそう思っているのではなく、僕の当事者問題として切実に感じているこ…
キリスト教信仰
正しい位置 昨日は、バプテスマのヨハネについて書きました。彼はイエス様に女の生んだものの中で最も偉大な人物だと評された一方で、しるしは何一つ行っていなかったという意外性について書きました。今日は僕自身がバプテスマのヨハネ…
キリスト教信仰
聖書にはヨハネが何人かいる 今朝は通勤時にヨハネによる福音書を読んでいました。ヨハネによる福音書は恐らくもう100回以上読んでいると思いますが、新しい気づきがあたえられました。聖書にはヨハネという名の人物が大勢登場します…
キリスト教信仰
信用できない自分 主と共に歩むようになってから信仰生活とは、全くもって信用できない自分を自覚して、信用できる主だけに頼っていきることだとわかりました。このように書くと簡単なように思います。しかし、厄介なのは古い自分の肉の…
生き方
主はいつも違った方法で働かれる 奉仕をする時、いつも不思議だなぁと思うことがあります。それは主はいつも違った方法で働かれるということです。具体的な例を出します。ある礼拝である賛美が非常に用いられたからといって次も同じ賛美…
キリスト教信仰
自分にもたらされた副産物 昨日に続いて平日主と歩む生き方について書きたいと思います。平日も主と共に歩む生活になって自分にもたらされた副産物があります。それは以前から変えられたいと思っていた他の習慣も自然と変えられたことで…
キリスト教信仰
365日主と共に生きる ここ数日はこのブログで平日の信仰生活を自分の課題にしてきたということを書いてきました。それは決して聖日だけ神様に飢え乾いて主を求めて、平日は好きなように生きるという2面性のある生き方ではなくて、3…
キリスト教信仰
キャパオーバー 今週は久しぶりにおちょこはおろか、ペットボトルのフタ並みのキャパが溢れかえりそうになりました。家に帰ってもやらないといけないことを考えると気持ちが休まらないし、珍しく何回か弱気になってしまいそうになる局面…
キリスト教信仰
聖霊の満たし 僕はバックグラウンドがペンテコステ派ですので、聖霊の満たしを信仰生活の中心として歩んできました。主の前に出て祈るということが当たり前だったので、数時間祈り続けるということも当たり前だと思っていました。実際友…