1113_どんな景色、音楽、言葉よりも美しいもの

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ボリス・ジョンソンの言葉

先日、元イギリス首相ボリス・ジョンソンの議会での最後の挨拶をYoutubeで観ました。ボリス・ジョンソンは僕が好きな政治家の一人です。彼は最後の演説で後任にメッセージを残しています。スピード感のあるイギリス英語でざっくばらんにしゃべっているように見えて、人の心を打つ言葉がちりばめられていました。その中でこのような言葉がありました。

「前を見て進め。ただルームミラーを見ることを忘れないように。」

この言葉非常に示唆に富んでいると思いました。様々な意味にとれると思います。現在の目の前のことに集中しながらも、過去も忘れないようにという意味かもしれませんし、温故知新的な意味が含まれているのかもしれません。

過去を見るのはいいが浸りすぎない

僕はこのジョンソン元首相の言葉を思いめぐらせていた時にこのようなことを思いました。僕はクリスチャンとして生きる中で、「過去の恵みに生きないようにする」ということに気を付けてきました。例えば、「あの頃はよかった」とか、「あの頃は恵まれていた」とか、「救われた当時は良かった」とかです。

主は今も生きておられるお方である以上、過去の恵みではなくて今新しい恵みを常に与えてくださるお方だと信じます。だからこそ、過去の恵み感謝することがあってもそれに浸らないように気を付けていました。

現在も大切だが

だから、過去の主との親密な関係を思い出して浸ることも避けてきました。なぜなら、ともすれば、ルームミラーを見すぎる行為は現在の主との関係を見ないことにつながるかもしれないからです。

しかし、今日僕が感じたことは「あの時の主との親密な関係をもう一度」という思いでした。過去に逃げない、過去に固執しない、新しい恵みを、新しいことを今生きておられるキリストに求め続けることを前提としたうえで、過去の良好な関係に戻りたいという強い思いを持つことは悪いことではないと思いました。

飢え乾き

10代の頃は何よりも一人で主の前に出て自由に祈る時間が何よりも好きでした。それはどんな景色よりも、どんな音楽よりも、どんな言葉よりも美しいものでした。それはキリストの人格や品性、聖さと栄光の美しさです。本当に魂の奥底から僕を満たしてくれるものでした。主は本当に美しいお方だと思っていたからです。

今は静かに、また忍耐強く主を待ち望むということが苦手になってしまっています。今僕に必要なのは飢え乾きです。

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