0195_ステージ上だけテンションバカ上げの生き方

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一貫した人格がないと

自分の人生の課題でもあり、目指すべきところでもありますが、僕は「一貫した人格」に近づこうと日々歩んでいるつもりです。別の言い方をすれば、裏表がない、または、思想や信仰が状況によって変わらない、とも言いかえることができるかもしれません。

例えば、会社でお客さんに対しては親切ですが、自分の同僚や部下に対しては教育の一貫ではなく、感情的に厳しく当たるような人は一貫性がありません。また、ご近所ではいい顔をしていても、家庭では暴力を振るうような人も人格に一貫性がないでしょう。

僕はといえば、例えば、全く身に覚えのないところから営業の電話がかかってくると、冷たくあしらってしまいそうになることがあります。そんな時は自制心を働かせて、ご丁寧にお電話ありがとうとざいました。と電話を切るようにします。

電話をかけている人も、なにもいやがらせをしたくてかけているわけでもなく、ただ仕事での立場上行っているものであり、その方は決して冷たくあしらわれるようなことはしていないからです。

一貫した笑いのスタイルがあると

芸人を見てても、一貫性がある人のほうが魅力があり、テレビでも活躍している人が多そうです。例えば、ステージの前でテンションバカ上げで異常なパフォーマンスを行っていても、ステージから降りてそのテンションで居続けることはTPO的に不可能です。

そういったスタイルの人は、一発屋で終わる可能性が高いです。おおよそ、司会やファシリテーターを務めるような芸人は総じて、笑いのスタイルに一貫性があり、いつでも、どこでも、同じ静かなテンションで笑いを取れる人だと思います。

自分を信用できるようになるには

笑いのスタイルに一貫性がないことは特に大きな問題はないと思いますが、人格に一貫性がないと自分を偽って生きていることと同じになります。Aさんの前ではいい顔をするが、Bさんの前では平気でAさんの悪口を言う、そんな生き方から逃れたいと思っています。そして、そういった生き方が当たり前になると、自分自身が自分を信じれなくなるという最悪の状態になるのです。

しかし、小さなところから誰に対しても誠実になると、自分を少しづつ信用できるようになってきます。仕事のお客さんや同僚上司、家族たちだけに優しいのではなく、駅でぶつかってきた人やしつこく営業電話をかけてくる人、訪問販売に来る人、すべての人に対して、同じ態度で接することができるようになれれば、人生が豊かになると思います。

そのためには、まずは神様を信用すること、それが自分を信用することにつながるようになると思います。なぜなら、人間は罪びとであり、そもそも自分を信用することなどできないからです。ですから、絡みつく罪が取り除かれ、恵のシャワーにより泥も汗もないすっきりとした魂になり、神様に信頼する生き方ができるようになる時に、初めて自分を信用できるようになるのだと思います。

もし、僕が誰かに対して冷たくあしらっていることがあれば、それをお示しください。どうか、すべての人に対して同じ態度で優しく接することができますように。