羊のために命を捨てる愛の重さを考える | よい羊飼いの比喩を再理解
羊のために命を捨てる これまで下記聖書の言葉を当たり前のように読んでいましたが、一つ理解しきれていないことがありました。 わたしはよい羊飼である。よい羊飼は、羊のために命を捨てる。 ヨハネ10:11 これはイエス様がおっ…
キリスト教信仰
羊のために命を捨てる これまで下記聖書の言葉を当たり前のように読んでいましたが、一つ理解しきれていないことがありました。 わたしはよい羊飼である。よい羊飼は、羊のために命を捨てる。 ヨハネ10:11 これはイエス様がおっ…
キリスト教信仰
完全な愛は恐れを取り除く 今朝子供を保育園に送り届けて冷水シャワーを浴びている時にこのような祈りをしていました。 「聖書には人を裁くな。自分が裁かれないためである。自分が裁くその裁きで自分も裁かれあなたが計るその計りで自…
雑感
専門用語はわからなくて当たり前 開発に携わる仕事をしていて困るのが専門用語を使って説明しても伝わりにくいということです。これはマウントでもなんでもなくて僕が他の業界に行った時にも逆のことが起きると思います。専門知識がある…
生き方
グレーの人間 先日ある尊敬している人がADHD(注意欠如・多動症)の診断が出たとゆっていました。その人は思ってたとおりで安心したゆっていました。ADHDだからと言ってなにか特別悪いわけでもなく、ニトリホールディングス会長…
生き方
真実な心 先週は非常に大切なことを教えてもらいました。それは「真実な心」ということです。僕は自分が神様に対して真実な心をいつも持っていると思ってしまうことがあります。しかし、自分の心を深く探られると決して真実でないことが…
キリスト教信仰
列王記上の13章は非常に不可解 列王記上の13章は非常に不可解であり、また恐ろしい章でもあります。ここでは名もなき「神の人」という預言者が登場します。彼は確かに預言者であり、神様の言葉を預かってそれを伝える者でした。イス…
キリスト教信仰
盲目的である なぜ僕はどうしてもこうなんだろう?と思ったことがあります。それは盲目的であるということです。これまでの人類史において、鏡等を使わずに自分の目で自分自身を見た人が存在しないように人間は自身を客観的に見るのが非…
キリスト教信仰
ダビデの四男アドニヤ 最近は列王記上を読んでいます。これまでにブログでもダビデの子供について書いてきました。まず、長男のアムノンはゲスの極みほどのことをしたので、その関係者である三男アブサロムによって殺されました。そして…
キリスト教信仰
PDCAサイクルを回すのが目的 このブログを毎日書き始めてからおよそ1000日ほど経過しました。最近感じるのは当時比でだいぶ生活の質が上がってきたと感じています。それは運動をしたり読書をしたりと健康面や精神面における改善…
キリスト教信仰
暗唱聖句は新約から ここ数年は個人的に暗唱聖句に力を入れていました。暗唱聖句ノートも2年間で3冊目に突入し、少しずつではありませすが、棚から出して引き出せる御言や祈りの中で使える御言が増えてきました。最初の一年間は暗唱聖…
キリスト教信仰
個性的な人たちの集まり 先日は1か月に1回開催されている中国関連のクリスチャン交流会に参加しました。この交流会には非常に個性的な方々が参加しています。というのもクリスチャンというだけでもかなり少数派なのですが、クリスチャ…
雑感
教会の若者とごはん 僕が今の教会に来るようになって4年ほど経ちますが、コロナで教会活動がほとんどなかった時期が長かったので、若い世代との関係は正直かなり希薄でした。しかし、昨年から少しずつ活動が再開されて関係を作っていく…