アプリのアンインストール
昨年から実施してる断捨離で効果が出ているものがあります。それはアプリのアンインストールです。
僕はこのチャレンジに関して何度も挫折してきました。それは、アプリをアンインストールしても、またインストールしてしまったり、ブラウザでログインして閲覧するということをしていたからです。しかし、昨年末に心に決めました。一気にアプリをアンインストールするのではなくて、一つづつアンインストールするようにしたのです。
パブロフの犬よろしく
アンインストールしたての頃は、パブロフの犬よろしく、アプリがないのにも関わらず反射的にアプリのアイコンを探してタップしようとしていたました。本当に習慣はおそろしいと思わされました。しばらくは禁断症状がありましたが、数週間も経てばアプリがなくても生活できるようになります。
そして、一つのアプリの断捨離ができたら、また次のアプリをアンインストールしていきます。そうすることで、少しずつ自分をアプリがない状態に慣らせていくことができるのです。
コントロールできない
なぜ僕がこのようなことをしているかというと、冒頭にもあげたように祈りの中でアンインストールするように示された気がしたからです。そして、それだけではなく、本当に時間の無駄だと思うからです。そう頭ではわかっていても僕はスクロール、スワイプをやめることができませんでした。
もし、自分でそのアプリをコントロールできていたのであれば問題ありません。僕はコントロールできなくなっていたのです。
自分には不必要であった
そうして、アプリを断捨離した時に改めて気づくことがあります。あれだけ必要だとおもっていたアプリは実は自分には不必要であったということにです。最近は学生を中心にアプリの利用をブロックできるアプリが流行っているようです。
確かに手元にスマホがあり、通知が次から次へと入り、気になる情報があれば勉強に集中できなくなるのは当然のことのように思います。僕はスマホやアプリがなくても全然勉強しなかった学生でしたが、もしそんなものがあったらもっと勉強しなかったのだろうと思います。
不要なものを必要だと思い
今回、改めてこのように思わされました。
人は往々にして、不要なものを必要だと思い、必要なものを不要だと思ってしまう。













