0387_バタフライ効果の連鎖

人生はバタフライ効果の連鎖

バタフライ効果という言葉があります。ネット上の記事にはこのように記載されていました。

バタフライ効果とは、ほんの些細なことが、徐々にとんでもない大きな現象の引き金になるという考えである。このバタフライ効果という名称は、気象学者エドワード・ローレンツの「ブラジルの一羽の蝶の羽ばたきが、テキサスで竜巻を引き起こすか?」という問いかけに由来する。

引用元:www.pref.yamanashi.jp

人生そのものがバタフライ効果の連鎖かもしれません。人との出会いが人生を決めるとも言われていますが、誰と出会うかによって人生は大きく左右されます。たとえ、出会っていなくても一冊の本やスピーチなどによって、大きな影響を受け、その影響が波及していき、世界を大きく変えるうねりになりうることもあります。

ネガティブなあの時に対して

もしかしたら、バタフライ効果は偶然の重なりと言えるかもしれません。「もし、あの時、あの友人と出会っていなければ」、「もしあの学校に受かっていなければ」、「もしあの時あの会社に入っていなければ」など過去の一つ一つが積み重なって今があります。さらには、時代や社会の流れなどによってその効果が加速化されることもあるかもしれません。

問題になるのはポジティブなバタフライ効果の連続ではなく、ネガティブなあの時に対して向き合うことだと思います。過去は変えることはできませんが、その過去への解釈は変えることができます。さらに忘却も手伝ってくれます。しかし、理性では認識の書き換えができたとしても、感情の書き換えはなかなか思うようにいかないものです。ふとした時、思い出されてやるせなくなったりするのです。

偶然ではなく神の時がある

僕自身クリスチャンであるにもかかわらず、「ネガティブなあの時」が存在します。そういったことに目をそむければそむけるほど、頭がそれに支配される感覚を覚えました。しかし、神様の前に降参をして悔い改め(神さまの方へ方向転換)をした時に、神様が赦してくださっており、こんな者でも受け入れてくださっていると体感し、そういった束縛から自由になることができました。

聖書の神様にとっては、偶然は一切なく、すべて「神の時」があります。たとえ世界がどのような状況にあっても、神はすべてを支配しておられ、治めておられるのです。全知全能ですべてを支配しているからと言って、その権力をすべて行使するのが神様のやり方とは限らないのです。それはイエス・キリストが神であったのに、ヘリくっだって十字架の道を選ばれたことからもわかります。

明日は、復活祭です。たとえ、ネガティブなあの時があったとしても、自分を神様に明け渡し、降参し、キリストの十字架とともに死ぬ選択をするなら、キリストの復活とともに新しい自分に生まれ変わることができます。そして、人生が偶然の重なりや失敗の重なりではなく、主の手に握られているから安心安全という確信を得ることができるでしょう。

おっさん
■バタフライ効果のように人生は小さな出来事の連鎖で今がある
■たとえネガティブな出来事にとらわれていても、主に立ち返るなら、そこから解放される

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