悔い改めに導いてくれるシステム | 自分を直視し悔い改めに導かれる効能

頭の中がクラッシュ

僕はこのブログを約5年間一度も休まず書いていますが、決して書くことが好きだから続けているわけではありません。また承認欲求があって自分の考えていることを誰かに知ってもらいたいと思っているわけでもありません。僕が書くのは書かざるを得ないからです。

今日はその理由をいくつか書こうと思います。まず一つ目は、書かないと頭の中がクラッシュしてしまうからです。例えば、パソコンでは定期的に不要なファイルを削除することでパソコンのパフォーマンスがあがりますが、僕の頭の中も同じです。なにも崇高な有益なことを考えているわけではありません。ただただ雑多なことが頭に溢れてくるのです。

書くことによって蘇生

それを解決してくれるのが言語化です。この効能を知ったのは中国に行ってからでした。地下教会が見つからず、輪をかけて反日デモが起きて僕は精神的にも霊的にも追い詰められていました。しかし、僕は書くことによって蘇生することを体験しました。もちろん、聖霊の導き、祈り、いろいろな人の助けがあったことも事実です。

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しかし、どれだけの霊的、実際的なサポートがあったとしても最後は自分で立たなければなりません。立たせてくださる方は神様です。しかし、立とうとする意志がなければ立とうにも立てなくなるのです。僕は書くことによって意志の力を取り戻しました。

自分の状態がわかる

二つ目は、自分の状態がわかるということです。案外、自分のことは自分でわかっていないものです。頑張りすぎてしまったりすることもあるでしょう。また恐ろしいことに「イエス様と共に歩んでいるつもりでも実際は好き勝手歩んでいる」ということもありえます。

しかし、書くことによって自分の状態がわかるようになります。なぜなら、自分の内側のことが文章に現れるからです。そして、時には「書けない」、「書きたくない」と思う日もあります。その時に僕は自分の状態に目を向けます。「なぜ書きたくないのか?」、「なぜ書けないのか?」

悔い改めに導いてくれるシステム

その答えはいつも決まっています。僕の心がイエス様から離れているか、他のものに夢中になっているからです。だから書けない時に僕はいつもイエス様に向き合うことになります。つまり、言語化する姿勢が自分を悔い改めに導いてくれるシステムになっているのです。

もちろん、僕も馬鹿なので時には向き合うことなく、肉の力で書こうとすることがなかったわけではありません。しかし、それは結局続かないのです。

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