1842_「われは聖霊を信ず」聖霊について | 三位一体

われは聖霊を信ず

連日、天の父と御子イエス様のことについて書いてきました。そして最後に聖霊について書こうと思います。

聖霊は三位一体の一つの位格とされています。使徒信条に「われは聖霊を信ず」とあるように多くのキリスト教会では聖霊を信じています。しかし、その聖霊をどのように、どの程度信じているかは正直人それぞれです。

ペンテコステ派は一般的に聖霊の働き、聖霊の導き、聖霊に満たされることを強く求めています。さらにペンテコステ派の中には聖霊を聖霊様と呼ぶ教会もあります。それに対して僕は全く違和感がありませんが、僕自身は聖霊様と呼ぶ教会には所属したことがありません。

温度感や領域に違いがある

そして、一般的な福音派の教会も聖霊を信じていますが、ペンテコステ派ほどではないというのが僕の所感です。いやしの信仰はありますが、奇跡、しるし、預言などの領域になると本気度は相対的に下がるように思います。また「聖霊に満たされる」という表現もありますが、何時間も祈って主を求めて聖霊に満たされるというイベントもみたことがありません。

つまり、一言に「われは聖霊を信ず」と言っても、だいぶ温度感や領域に違いがあるということです。

人知を超えた啓示

僕は三位一体を教義とする教会に行っていますが、ここ数日何度も書いているように三位一体は人知を超えた啓示であり人間に理解できないという立場をとっています。そして、それによって神に降参、へりくだざるを得ないと考えています。

だから、三位一体が本当に正しい神観を現わしているかどうかもわからないと思っています。こう書くと「なんだ。お前、三位一体を否定するのか。お前は異端だな。」という声が聞こえてきそうです。でも僕は正直に三位一体は人知を超えた啓示である以上、わからないのです。

自分の立場

僕にとって確かに聖霊も、天の父もイエス様も神様です。そういう意味では三位一体になるのでしょう。しかし、やはり神様としてイメージされるのはイエス様であり、天の父なのです。聖霊はこの地上でイエス様、天の父を現わす助け主だと理解しています。