奉仕するにあたってに大切なこと
教会で奉仕をするにあたって最も大切なのは何でしょうか?神様が教会での奉仕で求めているのはこの世的なものとは全く違います。この世の業務は質や量や速さが求められますが、教会では違います。
例えば、僕は毎週土曜日に週報の印刷や折り込みの奉仕に行っていますが、印刷を担当される方はとても作業が効率的とはいえません。控えめに言って遅いのです。共同作業される他の方ももっと早く来て早くしてやってほしいと直接言っているほどです。僕もたまにイライラしてしまいそうになることがあります。しかし、教会の奉仕で質や量や速さだけを求めるのであればそれは愛の共同体とはかけ離れたものになってしまいます。だからこの週報の奉仕は僕をいつも悔い改めに導いてくれるものです。
どのような魂の状態か
では、どれだけ聖書を読んだとかどれだけ祈ったか?が重要なのでしょうか。それも大切ですが最も大切なものではありません。ましてや信仰歴が何年なのかなどは全く大切じゃありません。あるいは過去にどれだけ用いられていたかも重要じゃありません。
最も大切なのは、今の神様との関係だと思っています。今自分が神様とどのような関係にあって、どのような魂の状態で奉仕にあたれるのかが一番重要なのです。
言い換えれば、神様に対して感謝の心がなかったり、恵みを忘れてしまっていたり、誰かに対して苦々しい思いを抱いている状態では奉仕はできないのです。
祈ることが必要
じゃあ、僕はいつも奉仕できる心が整えられているかと問われれば、恥ずかしながら準備できていないことがほとんどです。だから、奉仕がある時は、週報作成であれ、掃除の奉仕であれ、奏楽の奉仕であれ、説教の奉仕であれ、祈って自分の心を整えます。それが神様との関係回復につながります。
掃除くらいの奉仕で祈らなくていいじゃないかと思ったりもしますが、実はそういった心のすきからこそ悪い思いが出てくるものです。例えば、しんどいのに何でやらないといけないんだとか、だるいな~とか、他の人がやればいいのにとか、こういったものは油断すると心が汚染されてしまいます。
本当に何一つできない
聖書にもこのように書かれています。
わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。
ヨハネ15:5
本当にイエス様から離れては何一つできないのです。それは上述したように奉仕もそうです。そして日常生活ですら、自分で歩めていると思っていてもそれは無知であることがわかります。本当は神様と歩んだらどれほど大きな実を結ぶことができるのかがわかるからです。