1935_断食祈祷で霊的に整えられることを期待してはいけない | 断食祈祷の逆説

断食祈祷をするというチャレンジ

今僕は週2回の在宅勤務の時に断食祈祷をするというチャレンジを受けています。ゆってまだ4、5回しかしていませんが、試行錯誤する中で学んだことをいくつか書こうと思います。

一つ目は断食祈祷で霊的に整えられることを期待してはいけないということです。もちろん、断食祈祷をしたら霊的に整えられます。しかし、断食祈祷は逆に整えられてないとできないということです。たとえば、自分の霊的な状態が良くないから断食祈祷しよう!とやってもおそらくうまくいきません。

なぜなら、断食祈祷する前にすることがあるからです。霊的状態に関して断食祈祷で一発逆転の発想をすること自体がおかしいです。僕はそういったところがあったので反省させられました。

きっちりやらない

二つ目はきっちりやらないということです。僕は在宅勤務時に非常に暑い部屋で仕事をしています。嫁さんからはエアコンをつけるように言われていますが、昭和の頑固な人間なので、できるだけ汗を流して扇風機で頑張りたいのです。

しかし、その中で断食祈祷をしたらどうなるでしょう?それは熱中症になる危険性があります。7月でも既にかなり暑い日がありますが、僕は無理な断食祈祷をして、頭痛、倦怠感にやられてしまいました。OS1を飲んで寝たら直りましたが、これは危険だと思わされました。

ですので、きっちりしないほうがいいということです。水分と塩分の補給は怠らないのはもちろんのこと、少しは何か口にするとか食べない代わりに何か糖分をとるとかはしたほうがいいと思わされました。

霊的な戦いの一部

三つ目はこの御言を心に留めるということです。

箴言 4:23
油断することなく、あなたの心を守れ、命の泉は、これから流れ出るからである。

自分の魂、心の状態がどうであるか?に意識を向けて確認するようにしています。なぜなら、断食祈祷はともすればしていることに満足してしまう可能性があるからです。つまり、そこに生きた主との交わりがなく、宗教的修行としてしてしまう可能性があるということです。

なぜなら、この地上における霊的な戦いにおいてクリスチャンに敵対するものは断食祈祷を阻止するか、あるいは断食祈祷自体を形骸化させたいと思っているからです。つまり、霊的な戦いの一部であることを自覚して取り組むことが大切だと思わされています。

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