主に取り扱って頂かないといけない領域
僕は以前は「主に近づきたい」や「主と共に生きていくんだ」と決意するだけで自分が変わると思っていました。しかし、実際はそれだけでは決して変わらないことに気づきました。そしてそう決意して実際に行動に移してもすぐには変わらないということにも気づきました。
それは、僕には主に取り扱って頂かないといけない領域が多くあるからです。主に近づくためにまずは自分が取り扱われないといけないのです。それは言いかえれば聖別するということです。それは昨日も書きました。主に喜ばれないものを捨てる、そして委ねる、という過程は時間がかかります。
山登りに似ている/h2>
もし、時間がかかるという認識をもっていなければ途中であきらめてしまうことでしょう。それは山登りに似ています。1000m級の山に登る必要があるのにスーパーに買い物に行くノリで登り始めるなら、「あれ、こんなしんどいんだ。むりだわ。」となり下山、諦めてしまいます。
しかし、最初に自分は主に出会うために1000m級の山に登るんだと決意するのであれば、それに対して準備を進めます。登山に必要となる登山靴やアウターやリュック、そして各種道具を揃えて万全な状態でチャレンジするのです。
覚悟と時間が必要
だから、主に近づくためには覚悟と時間が必要だと思っています。祈りの中で自分すら気づいていなかった心の中にある主に喜ばれない思いを捨てる必要もあるでしょう。また自分の1日の生活を振り返り、改善できるところは具体的に改善していくことも必要になるでしょう。捨てないといけない自分の趣味や時間すら捨てる必要があるかもしれません。
しかし、それは何も無味乾燥なストイックな生き方をするのが目的ではありません。ただ生きた主と深く交わり、本当の喜びに満ち溢れたいからです。僕はそのように主を求めるものに主は必ず報いてくださると信じています。
余計な脂肪分
と書きつつも、主にすぐに近づける人も多くいると思います。僕自身は長く自分勝手に生きてきて余計な脂肪分が信仰にこべりついてしまっているのでそれをそぎ落とさないといけない状態にあります。幸いなことに脂肪分は永遠ではありません。自分次第でそぎ落とすことができるのです!!













