非常に特別な人物
新約聖書を見ると、バプテスマのヨハネは非常に特別な人物であることがわかります。まず彼がイザヤ書で出現が預言されていた人物であるということです。バプテスマのヨハネこそが荒野で呼ばわる者の声でした。また旧約聖書ではキリストが来る前にエリヤが来ると預言されていましたが、彼こそがそのエリヤでした。
彼は主の道を備える者として、悔い改めのバプテスマを授ける役割を担いました。それによって、イエス様の救いが広がっていく土台ができたのです。またイエス様はバプテスマのヨハネのことをこのように評価しました。
マタイによる福音書 11:11
あなたがたによく言っておく。女の産んだ者の中で、バプテスマのヨハネより大きい人物は起らなかった。
獄中での発言
しかし、不可解な点が2点あります。その一つは、バプテスマのヨハネが牢獄に囚われていた時期の発言です。彼は獄中でこのように言っています。
マタイによる福音書 11:2-3
さて、ヨハネは獄中でキリストのみわざについて伝え聞き、自分の弟子たちをつかわして、イエスに言わせた、「『きたるべきかた』はあなたなのですか。それとも、ほかにだれかを待つべきでしょうか」。
この発言は非常に不可解です。なぜなら、以前、バプテスマのヨハネはイエス様を見た時に、大胆にもイエス様こそがキリストであると宣言していたからです。
ヨハネによる福音書 1:29
その翌日、ヨハネはイエスが自分の方にこられるのを見て言った、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。
このことに関する一つの解釈はこのように言われています。それは旧約時代からイエス・キリストの十字架の救済が完了するまでの間、聖霊はずっと人のうちに留まることがなかったということです。
聖霊は一時的であった
古い時代においては、聖霊は常に動いており、主の御わざや働きをする時にその人のうちに一時的に留まったということです。確かに士師であるサムソンの記述を見ると、「聖霊が彼に臨んだ」という表現がいたるところあります。イスラエル初代王のサウロでさえ預言者と共に預言したという記述があります。
そう考えればあの偉大な百戦錬磨の霊的戦士であるエリヤでさえも、イザベルに恐れて弱気になった理由もわかります。つまり、聖霊は常にとどまっていたのではなく、働きが終われば離れ去っていたのです。
バプテスマのヨハネも同じことが言えるそうです。つまり、バプテスマの働きは既に完了し聖霊が彼を去っていたというのです。不可解な点の2つ目については明日に続けます。













