0002_ながら読書ならぬ、ながら聖書の方法

聖書の中で大好きな人物を上げるとしたら、ダビデが三本の指に入る。何より、彼が残してくれた様々な物語から教えられる神様の変わらぬ恵みと愛に、現代を生きるわたしたちにも大いなる慰めと希望を与えてくれる。

そして、なによりも、珠玉の言葉がいっぱいつまっているのは、彼の詩篇だ。
全部で150篇から成る詩篇の一篇から美しくて、神様の恵みにうっとりしてしまう。

悪しき者のはかりごとに歩まず、
罪びとの道に立たず、
あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。

このような人は主のおきてをよろこび、
昼も夜もそのおきてを思う。

このような人は流れのほとりに植えられた木の
時が来ると実を結び、
その葉もしぼまないように、
そのなすところは皆栄える。
詩篇1:1-3

僕は今まで、ここで書かれている「昼も夜もそのおきてを思う。」って言葉は、あくまでも神に対する愛慕の気持ち、神の口から出る神の言を称えることを、美しく表現したものであると思っていたけど、今では、この表現は実際的なことだと捉えている。

学生であっても、バイトや勉学や友人との交友で忙しいだろうし、社会人は言うまでもないし、何より、神様との時間よりも魅力的に感じるコンテンツがスマホにあふれている。僕もついつい、アマゾンプライムやYoutubeなどを視聴してあっという間に2時間とか過ごしてしまうことが多い。

それで目がすっかり疲れてしまって、バタンキューで寝てしまって、翌朝はねむけなまこで、ぎりぎりまで寝てしまって、漫画みたいにパンを口にくわえて出社ってことにならざるを得なくなってしまう。

そこで思いついたのが、好きな聖書の御言をピックアップしてまとめて、それを少しずつ増やしていって、スマホのレコーダーアプリで自分の声で御言を音読して録音する。そして、それを通勤の時や、ふとした移動の時などに聞く。そうすると、繰返し、繰り返し、神様の珠玉の命に溢れた言にふれることができる。

自分の声を自分で聞くなんて。。。って思うかもしれないけど、忙しい現代にはそんなこと言ってられない。僕も最初は自分の声を聞くの嫌だったけど、1.5倍速くらいで再生すると、誰これ?効果があるからそういう工夫で抵抗をなくすことができる。そういう仕組を作ってしまえば、どれだけ忙しくても、どれだけ聖書を開く気がおこらない日があったとしても、神様の御言の果実をいただくことができる。

外に出る時は、靴を履いて、耳にイヤホンを指すだけ。そして、そこから、流れてくるのは自分が好きな御言。覚えたい御言。慕わしい愛おしい神の御言。それを毎日聞くと暗唱聖句もできるようになるし、それがいつしか血となり肉となるようになる。そして、それがそのまま御霊の剣として、使うことができるようになる。

これが習慣化すると、「昼も夜もそのおきてを思う。」ってこういうことか!っとわかったような気になる。

この方法は超絶オススメです!!