復活の必要性は直感より啓示で受け取る | 統計学の学びから信仰を捉える
著者から学習者に対するメッセージ 先日、統計学の本を読んでいた時に非常にはっとさせられる説明がありシェアしたいと思います。統計学の自由度dfという概念を学ぶにあたって、著者から学習者に対するメッセージがあったのです。 本…
キリスト教信仰
著者から学習者に対するメッセージ 先日、統計学の本を読んでいた時に非常にはっとさせられる説明がありシェアしたいと思います。統計学の自由度dfという概念を学ぶにあたって、著者から学習者に対するメッセージがあったのです。 本…
キリスト教信仰
十字架こそ 今週は受難週で今週の日曜日にイースターを迎えます。イエス様が人として地上に遣わされてご誕生されたクリスマスは素晴らしいです。しかし、僕はイースターのほうを重んじています。なぜなら、イエス様の十字架こそが歴史始…
キリスト教信仰
神と共に生きること もしかしたら、ある人は信仰生活を「困った時の神頼み」と思っているかもしれません。もちろんそれは間違いではありません。しかし、それは信仰生活の一面にすぎません。信仰生活とは、たとえ困っていなくても神と共…
キリスト教信仰
下に向かって進むらせん状の階段 僕は先月の2月で39歳になりました。残念ながら見た目は39歳ですが中身は2歳児のような人間です。39歳になるまでの間に洗礼を受け、個人的に主にお出会いすることも経験しました。しかし、僕の記…
キリスト教信仰
イエスとは結局誰か? 先日の日曜日はマタイの福音書16章から説教が語られました。そこで教えられたことを書こうと思います。ここでの会話はイエス様からの一つの問いから始まります。 イエスがピリポ・カイザリヤの地方に行かれたと…
キリスト教信仰
イエス様のご性質に僕もあずかれる クリスチャンは信仰生活の中で確かに今も生きておられるイエス様が共にいてくださっていることを様々な経験を通して体験します。聖書を読んでいて御言に励まされたり、歩むべき道が示されたり、危険か…
キリスト教信仰
主と共に歩むこと クリスチャンにおける信仰生活とは主と共に歩むことと同義だと思います。それは、主と共に歩むことなくして信仰生活はありえないということです。この主と共に歩むことに関してはいくつかの表現があります。例えば、聖…
キリスト教信仰
人生どうしたら変わりますか? もし誰かに「人生どうしたら変わりますか?」という質問を投げられたら、僕は「イエス様に出会ったら変わります。」と答えるでしょう。なぜなら、それは罪を扱う領域なので人間として本質的なところだから…
キリスト教信仰
血を流すことなしに罪の赦しはあり得ない 今は通読でレビ記を読んでいます。レビ記には主に礼拝に関する様々な規定に関して記載されています。レビ記は非常に重要な書物だと思っています。なぜなら、この血が流されることで罪が赦される…
キリスト教信仰
些細なこと たまに「教会には毎週行かなければいかないといけないですか?」とか「クリスチャンはお酒を飲んではいけないですか?」とか「什一献金はしないといけないですか?」というような質問を見かけることがあります。僕はいつも不…
キリスト教信仰
教会によって信仰が左右される? 皆さんは自身が所属している教会によって信仰が左右されることがあり得ると思っておられるでしょうか?僕はかつてそのように思っていたことがありました。それは僕がペンテコステ派をバックグラウンドに…
キリスト教信仰
神様の前に誇ることがないため 昨日は神様がこの世で軽んじられている者や無きに等しい者をあえて選んでくださった大きな恵みについて書きました。しかし、昨日書いた御言には続きがあります。 それは、どんな人間でも、神のみまえに誇…
キリスト教信仰
余計なもの 信仰生活を送っていると、どうしても余計なものが入ってきてしまいます。余計なものとは自分自身にほかなりません。神様に完全により頼むことが勝利の信仰生活の秘訣だとわかっていても、生活の中で、様々な状況や場面におい…
キリスト教信仰
喜びに満たされて日々を歩みたい クリスチャンならいつも救われた喜びに満たされて日々を歩みたいと願っていると思います。しかし、常に心に留めておきたいと思うのはその救われた喜びとは救われた当時も今も完全に神様から与えられるも…
キリスト教信仰
子たちの心を父に向けさせてほしい 先日、僕はブログでバプテスマのヨハネのように花婿の友人でありたいと書きました。そのことについてまた書きたいと思います。 1224_花婿の友人でありたい 先日祈っていて主が教えてくださった…
キリスト教信仰
信用できない自分 主と共に歩むようになってから信仰生活とは、全くもって信用できない自分を自覚して、信用できる主だけに頼っていきることだとわかりました。このように書くと簡単なように思います。しかし、厄介なのは古い自分の肉の…
生き方
霊的に生まれ変わり霊的にも育った場所 先日久しぶりに仕事のついでに実家に帰ることがありました。もちろん、子供と嫁さんを連れて帰ると両親は喜んでくれるのですが、僕一人で帰っても親子水入らずで話することができるので、それもそ…
キリスト教信仰
自分の力で罪から逃れよう ここ数日、ずっと自分の中にある偶像に関して書いてきました。それは廃棄されなければいけない自分の中にあるアシラ像です。僕は今まで悔い改めては、また偶像を持ち出してくるということを繰り返していました…
キリスト教信仰
デボーションが変わった 最近、少し自分のデボーションが変わったように思います。これまではルーティンで聖書を通読して、自分の暗唱聖句ノートの聖句を音読して、その他、信仰書に書かれている祈りを宣言して、目をつぶってする祈りを…
生き方
宝のある所には、心もある 聖書にはこのような言葉があります。 あなたの宝のある所には、心もあるからである。 マタイによる福音書 6:21 宝とは何でしょうか。自分が価値があると思っており、大切にしたい、何もよりも大事だと…
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