圧倒的に不利な状態
今日は続けるということについて書こうと思います。僕は強くてニューゲームならぬ、弱くてニューゲーム状態で圧倒的に不利な状態から人生をスタートさせました。そして、それは今も変わっていません。先日も書いた通り、品性や徳や資質といったものは努力でどうにかできるわけではないからです。
僕が今あるのは、ひとえにイエス様の救いのおかげです。イエス様と共に生きることができているからこそ、今日あるを得ています。それを前提として、弱者がどのようにこの世で生きていくかについて書きたいと思います。
時間を味方につける
それは時間を味方につけるだけです。むしろ、それ以外の戦略はありません。僕に唯一の取柄があるとすれば決めたことは続けられるという点です。このブログにしろ、英語や中国語の勉強にしろ、プログラミングの勉強にしろ、筋トレにしろ、一回決めたことは数年単位で続けることができています。
それは決して僕に強い意志があるからではありません。むしろ、それしかないから、それをせざるを得ないのです。何かを続けるには人それぞれコツがあると思います。習慣化させる、仕組み化する、強い意志を持つ、強い思いをもつなどです。その中で僕が大切だと思っていることを書きます。
長いスパンで継続させる視点
それは、長いスパンで継続させる視点を持つということです。たとえば、何かをすると決意して3日続きました。しかし4日目から3週間できませんでした。もし、1か月というスパンで見た場合、これは失敗です。続けることができていないことになります。
しかし、仮に1年というスパンで見た場合、全く見え方が変わってきます。4月に3日間だけ続けました。5月は何もしませんでした。6月は5日間続けました。7月は何もしませんでした。しかし、8月、9月はそれぞれ3日くらいしました。これは継続できていることになるのです。
継続は力なり
たとえば僕は筋トレをコロナがあけたくらいからしましたが、今もなお続けることができています。おそらく4年くらいは継続できていると思います。しかし、その間、半年単位で全く筋トレをしなかった時期があります。それでも多くの期間で週に2~3回の筋トレを継続できています。
そうして、実際に継続は力なりで自分の体は確実に変化しているのです。僕が時間を味方につけるというのはこれ理由です。たとえ、弱くてニューゲームであっても、時間を味方につければある程度は何とかなる、それが僕の考えです。













