体の汚れより深い心の汚れと向き合う | 口から出る言葉を清める道

どれだけ汗をかいても、どれだけ脂汗をかいても、どれだけ皮脂が詰まっていようとも、どれだけ垢が層をなしていようとも、一度お風呂に入れば、さっぱりすっきり、体はきれいになります。

ところがどっこい、「口から出るものが人を汚すのである。」とのとおり、日々、些細なことで不平不満や苛立ち、悪い思いがふつふつと湧き上がってきます。人間はこれが不快と思わなくなるくらい汚くなるものです。

しかし、一度、イエス・キリストに出会えば、自分の汚さを痛感し、きよめて頂きたいとの念がふつふつとごく自然発生的に沸き起こってきます。

この記事とつながる読みもの

イエス・キリストの十字架の血潮によって、雪のように白くしてくださいます。「あなたがたはすでにきれいなのだ」とおっしゃって、弟子たちの足だけを現れたイエス様。

僕も、日々、すごく汚くなるから、毎日、お風呂に入るように、時には銭湯に行って、体内の不純物質を一切合切デトックスするように、イエス様に「どうぞ、きれいにしてください」というだけで、求めるだけで、イエス様はきよめてくださいます。

日々、どうぞ、きよめてください。
僕は、汚れた者ですから。
あなたの血潮で日々、きよく。

LEAVE A FOOTPRINT

ひとこと足跡

本名やメールアドレスは不要です。好きなニックネームで、この記事を読んで感じたことを短いひとこととして残せます。

KEEP EXPLORING

読み終えたあとに

心・人間関係の記事をもっと読む同じ関心の記事を続けて読む → 別の記事を検索するキーワード・カテゴリー・タグで探す →