パンチ君
最近、千葉県の市川市動植物園にいるニホンザルのパンチ君が人気のようです。彼は生まれて間もなくお母さんザルに育児放棄されました。そこで動物園の飼育員の方がパンチ君にお母さんの代わりになるぬいぐるみを与えたところ、それを本当のお母さんのように見て接するようになったようです。
つらい状況にある中でも、パンチ君がぬいぐるみをを引きずり回したり遊んだりする様子を見に来る人が絶えないようです。
母ザルの気持ち
僕はこのニュースを見た時に嫁さんに母ザルを非難する気持ちを込めてこう言いました。
「サルでも育児放棄なんてするんやね。なんてひどい母ザルなんやろう。パンチ君がかわいそうや。」
すると嫁さんの反応は意外なものでした。「私は母ザルの気持ちわかる。もし育児休暇とか取ってくれなくて自分一人で赤ちゃん育ててたら私も育児放棄していたかもしれない」と言ったのです。嫁さんは根っからの子供好きで保育士です。そんな彼女であっても育児と保育は全く別のことだったようです。
おいしいところ取り
僕は嫁さんのこの発言をきいて、改めて嫁さんの育児について寄り添うことができていないと思わされました。僕は時々、嫁さんを見て「そんなに怒らなくてもいいのに」と思うことがありました。それも今回の感覚の違いと同じでしょう。
嫁さんが怒らざるを得ない、あるいは、怒りたくなくても怒ってしまうという状況に置かれてしまっていることを僕はそのままにしていたと思わされたのです。僕は父でありながらも、本当の意味で育児をしていないんだろうと思いました。きっと多くの父がそうであるようにおいしいところ取りをしているのだと思います。
甘えるようになっていた
思い出してみれば嫁さんが入院をして僕と子供と二人っきりの生活になった時に僕はよく子供を怒ってしまっていました。疲れてるから早く寝てほしいのに挑発してきて全く寝ない。歯磨きしてほしいのに口を開けない。夕方あたりから、ごはん、おふろ、はみがき、就寝までタスクが多く気が重くなってたのを思い出しました。
しかし、嫁さんが帰ってきて再び3人の生活が始まると僕はまた嫁さんに甘えるようになっていたのだと思います。自分がやらなくても嫁さんがやってくれる。なんなりこなしてくれているから大丈夫と思っていたのですが、実際は冒頭の嫁さんの発言のように命を削って育児をしてくれていたのだと思わされました。













