終戦記念日
明日から8月になり今年もまもなく終戦記念日を迎えようとしています。今年は戦後81年です。当時、20歳で戦争のさなかを生きた人は101歳です。もう数年で第二次世界戦争を体験した日本の人たちはこの世界からいなくなることでしょう。
僕は自分が9歳の時に経験した戦後50年の時のことをよく覚えています。当時は各種民放が多くの戦争番組やドラマを放送していました。中には9歳の僕には衝撃すぎるものもあり、子どもながらに強い印象が僕の中に残っています。
途方もないほど時間
今でこそ戦争時の映像を4Kにしてフルカラーにすることができますが、昔の戦争の映像といえば白黒でした。僕にとって白黒の映像とは現在僕が生きている世界とは完全に切り離されていました。
確かに戦争は現実に起こったことに違いはないのだろうけれど、白黒の映像によってそれは永遠ほど遠いと思っていたのです。また、9歳の僕にとって50年という年月は想像もできない途方もないほど時間にも思われました。
大して昔ではなかった
しかしです。僕は今年40歳になりました。若かりし頃はとても想像もできなかった年月の長さを自身の体験としてわかるようになりました。つまり、9歳の時に経験した戦後50年というのは、大して昔ではなかったということです。
僕が生きた年数に10年ほど足せば戦争の時代だったのです。このパラダイムシフトは僕にとって強烈でした。そして、白黒の映像がより身近に感じるようになったのです。戦争は本当に少し前の出来事であり、今では想像できない非常識が常識になっていたということです。
戦争はごく身近に存在
戦争は過去の切り離された出来事ではなくて確実に現在に続いています。日本は島国という特有から遠くの国の戦争という意識しかもちにくいです。しかし、確かに世界と歴史は日本とつながっていて、戦争はごく身近に存在しています。
僕は今年40歳になってから、自分の人生の終わりを強く意識するようになりました。また、これは昨年、次男が天に召されたことも強く影響を受けていると思います。
自分の信仰をどのように生かしていけるのか?
もちろん、今の平和がずっと続くことを願います。しかし、この世界の歴史、現実を見るときに僕は一体自分の信仰をどのように生かしていけるのか?と思うことがあります。
ことが起きてからじゃ遅いです。今から深く祈り、霊性を高め、習慣を改め、時々刻々と主とともに生き、困難な時代の中にあって主にあって光となれるように祈っています。













