1644_原理・原則の時間感覚が身に着けばすべてに応用可能になる

即効性はなく遅効性

昨日は、デザインから少し距離をおいて、原理・原則からデザインに対して取り組む姿勢や考え方などを書きました。原理・原則や法則は、春になると必ず桜が咲く如く、必然的な再現性のあるものです。一見、地味に見えます。多くの場合、即効性はなく遅効性のものです。

しかし、これこそが急がば回れです。1日単位で見れば、大した変化は見えないかもしれませんが、自然の1年のサイクルくらいのスパンで見れば、効いてくるのです。逆に小手先のテクニックや即効性の高いものは参入障壁がないだけではなく、簡単に廃れ使えなくなってしまいます。

人生に適用しよう

このような原理・原則を本気で人生に適用しようと思ったのは、自身の背景があります。僕は自身は社会不適合者であるだけではなく、資質的にも能力的にも圧倒的に底辺にいることを強く認識していました。それは小学生の時に、一人だけ夏休みに学校に行くレべルだったからです。人の話しを聞かないでぼけーっとしていたり、集団行動が苦手な僕は、早期に社会生活から逸脱してしまったのです。

しかし、それでもチャンスがありました。それは時間を見方につけるというチャンスです。そのことを教えてくれたのは大学の先生でした。その先生は、本当に失敗だらけで残念な僕に対して、「●●君、まだまだ若い。毎日少しだけ中国語をやれば、私みたいに通訳の仕事ができるようになるよ。」と嘘偽りのない顔で語ってくださったのです。

原理・原則の時間感覚

1日に3つだけ単語を覚えれば1年で365日で1095個覚えられるというような考え方です。一回実践してみて、この原理・原則が体にインストールされたら、何にでも適用できることに気が付きました。大切なことは、この原理・原則の時間感覚が体に沁み込んでいることです。たとえば、マスターするのに3年かかるけど、それは早いと思える時間感です。

僕はこの原理・原則を信仰生活にも適用しています。それは暗唱聖句です。御言を覚えるのは大変だと思うかもしれませんが、10年かけて覚えてもいいのです。毎日少しずつ、過去に覚えた御言もメンテナンスしながら、その日その日のマナを頂く如く、毎日繰り返すことで、御言がどうやっても忘れないほどに頭、心、魂に刻み込まれていきます。

そして、聖霊がここぞ、という時にその御言を思い出させてくださり、道が拓けるのだと思います。

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