パン種
最近教えられたことがあります。それは与えられた信仰に人間側で何かを足したり引いたりすることはだめだということです。例えば、過ぎ越しの祭で食べるパンはパン種が入っていませんでした。聖書でイエス様はパリサイ人のパン種に注意しないさいともおっしゃっています。
イエスは彼らに言われた、『パリサイ人とサドカイ人とのパン種に用心しなさい。』
マタイ16章6節
パンを作るとよくわかりますが本当にごくわずかなイースト菌をこねたパンに入れるだけで全体が膨らみます。それは、わずかな考え方や教え、または「これくらいはいいだろう」という甘えが信仰全体に影響を与えるということだと思います。
純度99.99%(フォーナイン)
この信仰とは金(ゴールド)にも例えられると思います。ゴールドは純度99.99%(フォーナイン)であるからこそ価値があります。しかし、他の金属は何かを混ぜ合わせることによって利用されることが多いです。
たとえば、銅にスズやヒ素を加えると青銅になります。これで一気に強度が上がります。100円玉は銅にニッケル25%を入れることで白銅になります。これにより利便性があがるのです。しかし、ゴールドは何かを混ぜ合わせると逆に価値が下がります。ゴールドは純度が高いからこそゴールドの価値を維持しているのです。
他の金属は合金にすることによって利便性があがる
僕は自分の信仰に様々なものが入ってきていると感じることがあります。この世で生きていくためには必要だと思えるような知識であっても信仰にそれを持ち込むと信仰の純度を下げることになります。
他の金属が合金にすることによって利便性があがるように、確かに見えるところにおいては信仰にほかのものを入れると人生が豊かになったり効率が上がるように思えることがあるかもしれません。
金や銀は朽ちる
しかし、それは人間の目から見たらそう思うだけであって、神様が求めておられるのは何の混じりけもない純粋な信仰です。なぜなら、この魂が贖われたのは金や銀のような朽ちるものではなくキリストの尊い血潮によったからです。
あなたがたが知っているとおり、あなたがたが先祖伝来のむなしい生活から贖い出されたのは、金や銀のような朽ちるものによったのではなく、きずのない、汚れのない小羊のようなキリストの尊い血によったのである。
ペテロの第一の手紙 1章18-19節
ゴールドの場合、現在の技術では100%の純度まで高めることはできません。またゴールドは耐腐食性が高いですが、朽ちるものです。朽ちないものはイエス様が与えてくださった信仰だけです。