0514_ある日の日曜日の教会でのルーティン

案内係

今日は教会で初めての案内係でした。案内係の主な業務は教会に来た方への挨拶、新来者への対応、自転車の整理、車の駐車のガイドなどになります。礼拝が始まる1時間くらい前に行って、案内係のネームカードを胸につけてみなさんが礼拝にこられるのを待っていました。

ちょっとした挨拶から話が弾んだり、いろいろな情報が知れるのでやっていて結構面白かったです。まず教会に来る方法だけでも、徒歩、自転車、自家用車、送迎などがあります。どうやって来ているのかだけで、その方がどのあたりに住んでいるのかがなんとなくわかったりします。

また、この方は意外に軽自動車に乗っているんだ!とか、まさかこんないかつい車から○○姉妹が出てくるとはおもわなかった!など意外な一面も知ることができました。

礼拝の時間

案内係が終わって礼拝の席について礼拝をします。一週間で最も贅沢な時間です。この時間だけは誰にも邪魔されないのです。集中して神様に集中することができます。自分が聖書を読んでいるだけでは決して味わえない霊的に調理された神の言を牧師先生が語ってくださいます。

今日もスパイスの効いた耳に痛いけれども、聴いていて効く神の言葉でした。ちょうど、「指圧棒でこっているところを押されて痛いけれども効く」のような感じです。今日も礼拝に出れることを心から感謝しました。

掃除の時間

礼拝が終わると今日は僕のチームが掃除当番なので、教会の掃除をしました。掃除は結果がすぐに見える奉仕なのでやっていてすごく面白いです。掃除機でゴミを吸えば、あるいは拭けばすぐにきれいになるのです。

誰が捨てたんや!と思いたくなるような意外なところに爪のカスが落ちていたり、消しゴムのカスが大量にあったりとなかなかやりがいがありました。掃除が終わって、数名の兄弟姉妹と話をして家に帰りました。その時点で、なんとまだ12時前だったので、とっても有意義で恵まれた時間を過ごさせてもらいました。

神様のための働き

魂が救われて、教会で何か奉仕をするようになると気づくのですが、案内にしろ、掃除にしろ、こういった奉仕には特別な恵みがついてまわります。やっていて非常に恵まれるのです。これは普通の仕事では味わえない感覚です。

誰か人から感謝されるわけでもなく、目に見える報酬があるわけでもありません。でもイエス様は喜んでくださっていて、その喜びが心にあふれるのです。だから、教会の奉仕はやめられないと改めて思いました。

おっさん
■教会での奉仕は魂が恵まれる

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