032_げんなりしないぞ!キリストに駆け込むぞ!

先日、友人と動画コンテンツの次は何がくるか?と話をしていました。VRやARなどの技術を使ったものなのか、はたまた、ライブ配信なのか。通信規格が4Gになってから、フルHDや4Kの高画質動画をストレスなく享受できるようになったので、技術の変化点がトレンドの変化点になることは多そうです。

例えば、機械学習を使ったトレンドは、枚挙にいとまがありません。TikTokは機械学習によるおすすめ機能によって、一般の人でも一気にバズれる魅力があり、ユーザーを集めています。

そうかと思えば、インスタグラムは、もっぱら画像コンテンツメインにもかかわらず、日本国内だけで月間アクティブユーザーが3,000万人以上もいるので、驚きです。

そのため、必ずしもユーザーの求める体験と技術が提供する体験が一致するわけではないようです。眼鏡型の端末はついぞ見なくなりましたし、現在レッドオーシャンの様相を呈しているストリーミングゲームも果たしてユーザーが求めているものかどうか、疑わしいです。

もちろん、技術進歩がもたらした恩恵は多いです。マウス操作からタップやスワイプで操作できるようになったことで、視覚に障害がある方でも、音声認識でスマホを操作できるようになったりと、良いことも山のようにあります。

ただし、技術がどれだけ進歩しても、人間の五感は数千年前と何も変わっていません。ユダヤの繁栄を極めたソロモン王はこのように言っています。

先にあったことは、また後にもある、
先になされた事は、また後にもなされる。
日の下には新しいものはない。

「見よ、これは新しいものだ」と
言われるものがあるか、
それはわれわれの前にあった世々に、
すでにあったものである。
伝道の書1:9-10(口語訳)

「新しいものはない」と断言しています。おそらく、人間の五感は変わらないので、基本的に五感で認識できる以上の新しいコンテンツは存在しえないということかな、と思いました。音楽も映像も表現方法が変わっているだけです。

すべての事は人をうみ疲れさせる、
人はこれを言いつくすことができない。
目は見ることに飽きることがなく、
耳は聞くことに満足することがない。
伝道の書1:8(口語訳)

見るにも聴くにも満足することはない。さらに、情報量過多や取捨選択にも疲弊してしまいます。また、時には、SNSのタイムラインで見たくもなかった投稿を見て、げんなりして気が滅入ることがあります。

ソロモン王が言ったように、人は時に五感を通して、見るにも聞くにも、「倦み疲れて」しまいます。

ですので、そんな時は、五感は無視して、休み場である柔和で心のへりくだられたイエス・キリストのところへ駆け込みます。人を生かすものは肉ではなくて、霊と書かれているからです。

人を生かすものは霊であって、肉はなんの役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、また命である。
ヨハネ6:63(口語訳)