0223_スマホ脳を読んで

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自分の脳もスマホに侵されている

先日、だいぶ前から話題になっていた「スマホ脳」(アンデシュ・ハンセン著)を読みました。僕は以前からスマホを触っている時間が長いことは自覚していましたがなかなか改善できていません。仕事だけでなくプライベートも一つの端末に集約されており、一時的にでも完全に意識から引き離すのはまず困難です。無意識についつい触ってしまって、見てしまってということが多いです。

中国にいた時はガラケーで帰国後もしばらくはガラケー一択でしたが、IT関連の会社に入社したことにより、スマホなしでは生活できなくなってしまいました。すべてのテクノロジーは光と影がありますが、テクノロジーが自分にとって光であり続けるために、人間は管理・制御することが求められます。量子コンピュータにしろ、機械学習にしろ、遺伝子操作にしろ、原子力にしろ、制御しないと制御されてしまうのです。

集中力の低下

同書では、スマホを触らなくても、机の上に置いているだけで集中力が落ちることが書かれていました。触っていなくても意識のあるなしにかかわらず、スマホに集中力を奪われているというのです。そういえば、以前は本を読み始めると一日が終わっていたというようなこともあったのですが、今はそんなに集中して本を読むことができなくなっていることに気が付きました。

もっぱら、本を読むのはお風呂の中で、湯船に浸かりながらであれば、2時間くらい集中して読むことができます。それは、手元にスマホがないからにほかありません。LINEなどの通知が入ると緊急でないにしても、見てしまって、ついつい、ニュースも見てしまい、秒で時間が溶けてしまい、はて、自分は何をしようとしていたのか?と思うことは少なくありません。本を読んでいて、調べたいことがあってスマホで調べたとしても、同じ結末になることが多いです。

聖書に書いてある最善の方法

風呂に入ると集中力が返り咲くのと同じように最善策はスマホから身を離すということです。誘惑から身を離すにはこの方法につきます。旧約聖書に登場するヨセフは王妃から一緒に寝なさい!と誘いを受けた時、その場から逃げるように立ち去りました。

彼女はヨセフの着物を捕えて、「わたしと寝なさい」と言った。ヨセフは着物を彼女の手に残して外にのがれ出た。
創世記39:12

さらにイザヤ書にはこのように書かれています。

去れよ、去れよ、そこを出て、汚れた物にさわるな。その中を出よ、主の器をになう者よ、おのれを清く保て。
イザヤ52:11

もちろん、スマホ自体は汚れたものではないですが、有益なものも汚れたものもごちゃまぜに入っています。一番のベストは誘惑になるようなものから離れることですが、その選択をしようとすると現代生活をまるごと見直さなければならなくなります。家族との連絡はLINEが便利ですし、スマホなしでは仕事をある程度選ぶ必要も出てきます。

スマホ脳にかかれていたように、そばに置かないようにする方法が良いかと思います。寝床には置かない。本を読む時はスマホがないところで読む。祈る時はスマホがないところで祈る。などとメリハリをつければ、うまくスマホを制御できるようになるのではないでしょうか。