0087_抜け落ちた春の余韻の陽光を楽しむ

今日は約一ヶ月半振りにオフィスに出勤しました。以前なら歩いて10分ほどで駅に到着できていたのですが、体力が落ちているのか、もしくは時間感覚を失ってしまったせいか、駅まで行くのに15分以上かかってしまいました。

不要不急の外出は控えていたため、出勤が理由で外を闊歩できるのは嬉しいことです。

通勤途中の裏道を歩くと、アスファルトの隙間などからナガミヒナゲシやたんぽぽが至る所に咲いていて、強い生命力を感じました。強い陽光に当たった時に香るたんぽぽの野生の花の匂いも心が休まりました。

今年は、すっかり春が抜け落ちてしまったので、新緑の季節を通して、春の余韻を初めて感じることができました。自粛しているのはもっぱら人間だけで、自然は相変わらず自分のペースで動いています。

今は室内でミニトマトを飼育していますが、やはり、直射日光に当てていないせいか、花は咲きますが、咲いたあとにポトッとしたにつぼみごと落としてしまっていて、ミニトマトもしかるべき環境においてやらないとかわいそうだなとも思いました。

光に当たることが成長や健康にどれだけ大切かをしみじみと感じる一日でした。光には実際、殺菌作用とか色々な効能があるようです。じめじめした心の中に生えかかっていた苔を光によって除去していただいたような気もします。

彼を信じる者は、さばかれない。信じない者は、すでにさばかれている。神のひとり子の名を信じることをしないからである。そのさばきというのは、光がこの世にきたのに、人々はそのおこないが悪いために、光よりもやみの方を愛したことである。悪を行っている者はみな光を憎む。そして、そのおこないが明るみに出されるのを恐れて、光にこようとはしない。しかし、真理を行っている者は光に来る。その人のおこないの、神にあってなされたということが、明らかにされるためである。
ヨハネ3:19-21(口語訳)

今日も、明日も、光なるイエス・キリストを愛して彼を仰ぎつつ、生きます。