0075_一瞬咲くだけの花にも溢れんばかりの強靭な生命がある

観葉植物や花や野菜を部屋の中で育てていると、毎日関心させられます。観葉植物などはすべて、窓際にズラッと並べているのですが、砂漠にある無数の太陽光発電のパネルのように見事に窓の陽光の当たる方向に全面的に葉っぱを向けています。

特にユーカリは、窓と反対側に枝が生えようものなら、思いっきり急カーブを描いて、なんとしてでも窓のほうに葉を向けようとしています。上から見ると、枝全体ががU字のようになっていて、光のある方へ伸びています。

そんなユーカリの必死な姿に負けてしまったので、ユーカリとコーヒーの木に関しては、部屋の中ではなくて、屋外のベランダに置いてやる方針にしました。ですので、GWは少しDIYに力を入れて、彼ら彼女らの新しい環境構築に時間を費やそうと思っています。

最近の新入りは、プチトマトです。朝は一時的に太陽の光が直接当たるベランダに出してやり、夕方に部屋の中に戻してやっています。朝、黄色い小さな花が咲いていたので、あとで写真を撮ろうと思っていたら、夕方にはしぼんでいました。

花咲く時間は数時間であり、その一瞬を一生懸命咲いているプチトマトの花の姿に励まされてしまいました。僕は毎日、わずかな時間のために最善を尽くせているだろうか、と内省する機会も与えてもらいました。

茎がぐんぐん上に伸びて、葉がのびのびと横に広がっていき、いずれ花が咲き、水分たっぷりの赤い実がなります。その溢れんばかりの強靭な生命力は、神様が与えてくださっているものなんだと、身近に感じることができます。

人間に日々命を与えてくださっているのは、生ける水の源である主です。命の言、キリストの言、福音は私達の命であり、力です。カラッカラに乾いていた魂がキリストに出会った時に、枯れることのない泉から生ける流れて出てきてから、生きる者となりました。

もうしばらくしたら、世はもはやわたしを見なくなるだろう。しかし、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きるので、あなたがたも生きるからである。
ヨハネ14:19(口語訳) 

イエス・キリストが生きるので、今日も生きることができています。