アドニラム・ジャドソン(Adoniram Judson)とは? | ビルマ初の宣教師が捧げた壮絶な生涯と信仰

Christian Heroes: Then & Now

英語の勉強の一環で宣教師について書かれた英語の本を読んでいます。英語の本と言っても英語圏の子ども向けに書かれた書籍なので日本人でも比較的容易に読むことができます。この書籍はChristian Heroes: Then & Nowというシリーズで著名な宣教師が数十名ピックアップされています。先日読み終わったのは、Adoniram Judsonというアメリカ人宣教師の話でした。

僕は非常に無知なので、この本を読むまではAdoniram Judsonについては全く知りませんでした。彼は現在のミャンマー(旧:ビルマ)に初めて宣教師として行った人物です。彼は宣教活動だけではなく、ビルマ語の聖書を翻訳した人物でもあります。しかも彼は英語からビルマ語に翻訳したのではなく、ヘブライ語、ギリシャ語から直接ビルマ語へ翻訳したのです。

理神論に傾倒

彼は牧師家庭に生まれます。生まれた時からいわゆる神童と言われるほどの人物で、若くから非凡な才能を周りに認められていました。彼は信仰をもって大学進学しましたが、その後、理神論の影響を強く受けるようになります。理神論とは、神が宇宙を創造して自然法則を定めたことは認めますが、その後は世界に介入せず、奇跡や超自然的な啓示を認めないとする立場です。ちなみに、伝統的なキリスト教(カトリック・正教会・プロテスタント)は理神論を支持していません。

彼が理神論に傾倒していくことに彼の両親は心を痛め強く反対しましたが、彼は自分の思うままを生きるようになります。その後、転機が訪れます。それは彼が宿泊していた宿の隣に宿泊していた人物が夜中ずっとうめき声をあげて苦しんでいたそうです。翌朝、隣の宿泊が誰か?と主人に聞いたところ、大学で同じように理神論に傾倒していた親友で会ったことを知るのです。

悲惨な出来事

彼は親友をすぐ隣で失った衝撃、また理神論の無力さから本当の信仰へと歩みを進めていきます。その後、彼は神のために人生を捧げる決心をします。学びをする中で彼はビルマへの重荷を負うようになります。彼にはアメリカでよい牧師のポジションを勧められていましたが、それもすべて断り、アンという女性と結婚してビルマに向かいます。当時彼はまだ20代前半です。

そこで待ち受けていたのは悲惨な出来事しかなかったように思います。彼は海賊に襲われたり、船が難破することにも遭遇しました。アンは子供を3人授かりましたが、いずれもすぐに亡くなりました。しかも、アンも亡くなってしまいます。その後、宣教師の未亡人サラと再婚しますが、サラも亡くなります。サラとの間に授かった子供も亡くなります。

またそれだけではなく、ビルマ政府に捉えられて投獄され次々に人が死んでいく絶望の地獄の中へと突き落とされることもあります。しかし、それでも彼は信仰を捨てませんでした。宣教の重荷と聖書翻訳の熱意を失うことはなかったのです。そして彼はついに数百の教会、数千人の改宗者を生み出すに至るのです。

命をかける

僕はこの本を読んで衝撃を受けました。なぜなら、彼と一緒に行った宣教師が難破などで次々と死んでいったからです。当時は宣教地に行く前に嵐によって命を落とすことが当たり前の時代でした。また、宣教地は衛星も医療もよくないのでこどもが死ぬことも当たり前でした。彼の友人であった宣教師はこどもと奥さんを亡くし、気がくるってどこかへ行ってしまうということもありました。

現代はどうでしょう。当時と比較すると安全に海外に行くことができ、医療が発達し、命は本当に重くなったと思います。しかし、当時は命はいつ落としてもおかしくないものでした。また、彼ら彼女らはこの御言のとおりだったのです。僕は自分がクリスチャンであることを恥ずかしく思ったほどです。

ヘブル人への手紙 11:13-16
これらの人はみな、信仰をいだいて死んだ。まだ約束のものは受けていなかったが、はるかにそれを望み見て喜び、そして、地上では旅人であり寄留者であることを、自ら言いあらわした。
そう言いあらわすことによって、彼らがふるさとを求めていることを示している。
もしその出てきた所のことを考えていたなら、帰る機会はあったであろう。
しかし実際、彼らが望んでいたのは、もっと良い、天にあるふるさとであった。だから神は、彼らの神と呼ばれても、それを恥とはされなかった。事実、神は彼らのために、都を用意されていたのである。