教会に行きたくない
今回のタイトルに対する答えは状況によって変わります。また、信仰のどのステージにいるのかでも変わります。前者の場合、身体的な体調不良で行きたくないのなら休んだほうがいいでしょう。一方、主を礼拝する以外に優先したいものがある場合、その答えはすでにその人自身の中にあると思います。
後者の場合を考えてみます。体調不良だから行きたくないと思う日があるとします。しかし、その体調不要はどこからきているのか?を考えなければなりません。もし、それが霊的なものであれば間違いなく教会に行かなければなりません。
霊的な戦いである場合
なぜなら、既に魂が救われている場合、かつ、その教会が霊的に恵まれていればいるほど、悪魔はクリスチャンをそこに行かせたくないと思うはずだからです。つまり、霊的な戦いによってネガティブな感情が働き「教会に行きたくない」と思う場合があるということです。
僕の父は時々、そのような状況に陥いることがありました。なぜかわからないけれど、日曜日の朝になると教会の愚痴や批判をいうようになるのです。そして、その挙句に「しんどいから休む」と言って休むことすらありました。
行けば恵まれる
もし、自分が救いを確信しており、かつ行っている教会が恵まれているなら、体調不良でない限りは必ず教会に行ったほうがいいというのが結論です。自分の中にある「行きたくない」という気持ちは主から引き離そうとしている悪魔が刷り込んだものなのかもしれないからです。
確かに心が重い。霊的にもしんどい。またお祈り当てられたらいやだ。兄弟姉妹と会話するのも面倒。
こう思うことがあるかもしれません。しかし、それよりも大切なのは永遠の命に関してです。霊的な状態に関してです。確かに時に教会を面倒と感じるかもしれませんが、大切なのは僕たちの魂の状態です。
自分は羊であると自覚する
僕はこのような状態に陥ったことが多々あります。しかし、毎回教会に行けば魂が回復するのを感じます。何よりも神様が来てほしい、祝福を受け取ってほしいと願っておられるのを強く感じます。「いや、自分ひとりで祈るから大丈夫」と言わないでください。
クリスチャンは羊であり当然一人では生きていけません。教会という中で魂が養われはぐくまれ成長し、恵まれ祝福されていくのです。
ヨハネによる福音書 10:10
わたしがきたのは、羊に命を得させ、豊かに得させるためである。













