1890_クリスチャンが長寿を願うのは肉的か? | 子供の霊的成長に関わることについて

知識におけるキリスト教

僕が17歳で救われるまで自分の命に一切の執着がありませんでした。それは、この世界で生きることが僕にとってあまりにも苦痛だったからです。クリスチャン家庭で育ち、比較的恵まれた状態にいましたが、「知識におけるキリスト教」は僕に何の希望も力も命も与えてくれませんでした。

しかし、生けるキリストが本物だとわかってからは変わりました。それはこの世界は依然として何も変わりませんが、生けるキリストと共に歩む人生はそれに勝ることを知ったからです。

主に与えられた使命があるうちは死なない

それ以来僕は自分の命をイエス様のために使って頂こうと決心しました。救われてからの生死観はシンプルでした。それは、「主に与えられた使命があるうちは死なない」というものです。僕が2012年から宣教目的で単身で中国に行った時、僕は冗談抜きで殉教すると思っていました。

それは、僕が30歳までしか生きれないと思い込んでいたからです。しかし、30歳になっても死ぬことはありませんでした。そして、僕にはまだ使命があることを知りました。

子供の霊的なことに関わり続ける

「使命があるうちは死なない」という理解は今も変わりません。しかし、子供が生まれてから変わったことがあります。それは「使命があり続けてほしい」というものでした。僕はこの世界における名誉や財産に対して今のところ※何の執着もありません。

※今は執着がなくても負荷テストを受けた時にどう反応するかは不明のため

しかし、子供に対してはそうではないとわかりました。それは単純に子供の成長を見たいということもあります。しかし、それ以上に、子供の霊的なことに関わり続け、そして親として霊的な良いものを提供し続けたいと思うようになったのです。

霊的な財産

子供の身体の成長に関しては誰でも関わることができるでしょう。子供の心の成長には必ず親が必要でしょう。そして、クリスチャンである僕にしか絶対にできないことがあります。それは霊的な成長のために子供に積極的に関わり、祈り、実際に与え続けるということです。

イスラエルでは長子の特権というものがありました。それは物質的な財産よりも霊的なものを引き継ぐ特権です。霊的なものは親から子へ引き継がれます。テモテの信仰は祖母ロイス、母ユニケから引き継がれました。イエス様の十字架を背負ったクレネ人シモンの信仰は、その子アレクサンドロとルフォスに引き継がれました。

長生きしたい

僕は上記のような理由で、なんと長生きしたいと思うようになりました。だからそのために霊的な生活をすることはもちろんのこと、食生活にも気を使ってできる限り長生きできるようにしたいと願っています。

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